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第24回 情報科教諭
「情報」の普遍的な知識や考え方を学ばせる
成蹊中学・高等学校教諭 山元 顕司(やまもと けんじ)
プロフィール
1978年生まれ。2002年、慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。専門は確率論(数学)。2003年に「長期記憶性を持つ安定型の確率過程」に関する定理を証明し、国際論文雑誌「Electric journal of probability」に掲載された。中高では、数学と情報の2教科の授業を担当し、情報科主任を務める。
教科「情報」とは
 これを読まれている方の多くは、「情報」という教科名に馴染みが薄いと思われます。教科「情報」は2003年から文部科学省により新設された高等学校の必修科目で、高度情報通信社会に対応した人材を育成するために、情報の収集・分析から発信までを総合的に学ぶ教科です。高校三年間で2単位の履修が求められています。
成蹊における「情報」教育

操作方法だけでなく、情報の持つ意味を
考える

 私が2006年に着任した当初、本校では教科「情報」は高校二年生の「総合的な学習の時間」とコラボレーションする形で展開されており、「総合」の研究発表を具現化するツールとして「情報」が存在していました。
 必然的に、「情報」は通常教室で行う講義よりも、パソコン教室での実習が中心でした。この頃は、パソコンの操作を体系的に学ぶ機会が一般に乏しかったうえ、社会的にもパソコンの操作法を習得すること自体に意義が大きかったのです。しかし、年数を重ねるにつれ、私はこの実習中心の授業の進め方に疑問を感じるようになりました。それは、パソコンにおけるソフトウエアの革新の早さと、多機能携帯電話(いわゆるスマートフォン)の台頭に起因します。高校生に対して、そのときに最新のことを教えても、彼らが社会に出る頃には陳腐化しており、新しいものに変わってしまうのです。また、情報の収集・加工・発信を行う情報機器がパソコンにとどまらなくなったため、パソコンの操作法だけを学ぶ意義が薄れています。


 私はあるときから、時代の変化にとらわれない「情報」の普遍的な知識や考え方を学ばせるべきだと強く考えるようになりました。その結果、実習の質を確保しつつも、講義の時間を増やしていったのです。
 例えば、表計算ソフトを使って首都圏の住宅地の土地価格のデータをグラフ化するとしましょう。ソフトのバージョンアップによってグラフ化する操作は年々易しくなっています。しかし、そのデータをどういう種類のグラフにするか(棒グラフか折れ線グラフか)や、どういう単位で表現するか(価格は一円単位にするか千円単位にするか、土地面積の単位は何にするか)といったことは、人間が考えて判断しなければなりません。さらに言えば、グラフを作成して満足するのではなく、そのグラフからどんな傾向が読み取れるのかが分からなければ、グラフを作った意義は薄れてしまいます。この例で言えば、その判断をするためには統計や経済の知識が必要です。講義では、こういった知識や考え方を、カテゴリ別に体系化して説明するよう心がけています。

今後の取り組み

講義では、覚えることより考えることを重視

 情報を収集する際、私たちは自分で体験・調査することによって得る「一次情報」の他に、他人が調べた結果を見たり聞いたりすることによって得る「二次情報」にも頼っています(むしろ二次情報の方が多い)。しかし、「二次情報」には誤った情報が混じることがあるので、複数の情報源から確認する「クロスチェック」が大切であることを授業で生徒に教えています。しかし、ここで一つの矛盾が生じるのです。生徒は私の講義をノートに写し、それを覚え、期末試験で回答するわけですが、私の講義も生徒からすれば「二次情報」になるわけで、講義内容を疑いもなく忠実に覚えることは、上記の教えと矛盾することになります。「情報」の学習は「覚える」ことよりも「考える」ことが大切であることを前述からお分かりいただけると思いますが、成績評価のための試験という存在の影響で、生徒の力点が「覚える」ことに傾いてしまうというジレンマがあります。この点をどう解消していくかが、私の今後の課題です。

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