事業内容

事業内容

事業の目的

わが国では少子高齢化への対応が喫緊の課題となっている。厚生労働省では、これからの社会保障制度のあるべき姿について検討が進められており、その中で、人口減少、家族・地域社会の変容などにより、これまでのような、高齢者・障害者・若年者といった対象者ごとに福祉サービスを提供する縦割りのシステムに問題があることがわかってきた。この問題の解決策として、「地域共生社会」の実現が求められている。福祉の「支え手側」と「受け手側」に分かれるのではなく、地域の住民がある時は支え手側、ある時は受け手側として相互に支え合う社会を実現しようとする考えである。しかし、「地域共生社会」の実現に向けた検討は始まったばかりであり、各自治体が様々な模索を行っているのが現状である。

そこで本事業では、「地域共生社会」を実現するためには、①政策の検討、②地域社会に応じた政策の実装・評価方法、③さらにはそれを支える科学技術が一体となり協働することが重要であると考え、各種福祉サービスにおける、これら3つのレイヤーを統合したシステムの設計と社会実践を行うことにより、「持続可能な共生社会システム」を実現するための学融合的なアプローチを提案し、その有効性を検証することを目的とする。また、本事業は武蔵野市を実践の場とし、パイロット自治体としてその成果を全国・世界に発信する。

具体的には、以下の3つのプロジェクトにおいて、上記の3つのレイヤーが相互に知見をフィードバックすることにより、学融合的なアプローチを実践する。

  • 親子支援

    親子支援

    初めての子育てが若年層に限らず多世代にわたっている日本社会の実態と新たなニーズに寄り添い、就学前児童から就学児童、親といった世代横断的な「安全」と生活の「安心」の実現に向け、子育て・教育支援、就労支援等の研究を行う。具体的取り組みの1つとして、自転車安全運転のための自動車安全装備(自動車・自転車間の情報通信システム)を開発し、地域の若年者支援施設において自転車の安全運転教育に利用する。

  • 高齢者支援

    高齢者支援

    地域の高齢者支援事業の一環として、IT技術を利用して、高齢者の孤立を防ぎ、家族や地域住民との交流を促進し、家族や世代間の繋がりを作る。具体的には、高齢者と会話をする傾聴ロボットを家庭や高齢者施設に設置し、会話の様子を家族に知らせたり、ロボットを介して世代間のコミュニケーションを活性化する仕組みを構築する。

  • 障害者支援

    障害者支援

    障害者支援活動の一環として、視覚障害者の駅ホームからの転落事故を人間工学の知見から分析するとともに、聴覚提示を用いた支援システムの開発を行う。これらの成果を地域のリハビリテーション専門家にフィードバックすることにより、障害者が事故に巻き込まれる危険性の軽減に寄与する。

政策デザインレイヤーでは、これら3種類の福祉サービスを事例とし、地域政策のデザインについて実践に基づいた研究を遂行し、海外の政策や実践とも比較しながら、研究成果を世界に発信する。

現状・課題の分析と研究テーマとの関連性

成蹊大学は、武蔵野市吉祥寺に所在している。吉祥寺は、東京でも住みやすい街の上位にあり、学生や若年者世代も多く在住する。また、武蔵野市の高齢者支援の質は高く評価されている。視覚障害者用道路横断帯(エスコートゾーン)もこの地域の横断歩道を使って評価され、全国に広がった。このように、武蔵野市は、高い市民意識を有する住民が多い成熟した地域の一つと考えられ、本事業で取り組む地域共生社会の設計・実装の対象となるパイロット自治体としての条件を十分備えている。

また、武蔵野市と成蹊大学は2014年4月より包括的連携協定を締結している他、研究や教育において多くの連携を実施している。理工学部による吉祥寺プロジェクト(地域の問題を解決する共同研究プロジェクト型授業)の実施や、文学部渡邉大輔准教授による「武蔵野市シニア支えあいポイント制度」の創設に向けた検討委員会の主導等、本事業に直接寄与する活動もすでに行っている。しかし、これらは学部間を横断した取り組みではなかった。したがって、本事業により、成蹊大学で行われてきた地域共生社会の実現に寄与する研究を結集し、全学的な取り組みとすることにより、大きな成果が得られると考えている。

期待される研究成果

本事業で期待される主要な成果は以下の3項目である。

1.福祉サービスを支える支援技術の開発

人間工学、人工知能、生体工学、ユーザインタフェース等の技術を応用し、親子・高齢者・障害者を対象とした以下の支援技術を開発する。本事業では、これらの開発技術の評価を社会的実践の場で行うため、実用性の高い技術を提供できる。

  • 1

    親世代~子世代にわたる自転車運転の安全を守る自動車・自転車間の情報通信システムの構築

    自転車シミュレータを開発して、自動車と自転車の事故を防止する、自動車・自転車間の情報通信システムを構築する。自動運転社会を見据えて、通信端末を所持した自転車運転者に、自動車側からの自転車の検知および回避可否の情報を報せる。開発システムにより、従来システムによる自動車側からの事故防止だけでなく、自転車運転者も安全な行動をとって事故防止できるようになる。また、開発システムは地域の子供たちを対象とした交通安全教育にも利用できる。

  • 2

    傾聴エージェントによる高齢者の社会的孤立化の防止

    タブレット等で動作する会話傾聴エージェントを開発し(プロトタイプは作成済み)、会話中の音声と映像のデータを5年間で100件収集し、大規模な高齢者会話データを作成する。このデータから深層学習等の機械学習により高齢者の健康状態や精神状態を推定する技術を開発する。現在、活発/不活発を約70%の精度で推定できるが、これを80%に向上させる。エージェントとの会話を通して、不活発な高齢者を検出し、社会参加を促す。さらに地域において高齢世代や多世代との交流の場を構築し、また既存の場を強化することにより、高齢者が社会的に孤立し、健康を損ねる危険性を減少させ、さらには社会において新たに貢献する仕組みが実現する。

  • 3

    視覚障害者の安全移動支援技術の開発

    全国の視覚リハビリテーション専門家に視覚障害者の駅ホームからの転落事例の提供を依頼し、当事者に直接ヒアリングした内容を約50事例収集・分析し、それをデータベース化してインターネット上で公開する。データの分析結果から転落防止策を提案するとともに、視覚情報を音声に変換して提示する視覚補助システムを開発する。

2.地域共生社会の実現に向けた3レイヤースキームの確立と、パイロット自治体の世界への発信

本事業では、親子支援・高齢者支援・障害者支援の3つの領域への取り組みを中心として、全世代型の生活保障政策のデザインと財政的裏付け、地域の福祉事業における政策の実装、福祉事業を支える科学技術の3つのレイヤーをシームレスにつなぐ、地域共生社会実現の新しいスキームを確立し、全国・世界に発信する。このスキームは、雇用・ケア・教育・住宅・社会保障といった異なる政策領域が有機的に連関するシステムと、地方自治体や民間の多様な主体間のネットワークの構築を通じて縦割りの公共サービスの限界を乗り越え、財政面での持続可能性を兼ね備えた連携型・ワンストップ型の生活保障サービスへの転換に寄与するものである。本事業は、国内においては、このスキームを実践した武蔵野市をパイロット自治体としてアピールする。海外に対しては、同じように現代社会のリスクに対応し得る生活保障システムを研究し政策提言を行っている欧米各国のシンク・タンク(例:英国Policy Network)などの専門家集団、地方自治体の関係者、政府関係者との意見交換を通じて、世界最速の少子高齢化を経験している日本における取り組み例として発信する。

3.学融合的研究・教育拠点の確立

本事業で提案する3レイヤーモデルの実践は、学生も巻き込んだ教育活動の中で実施される。理工学部の学生と教員が技術開発を行い、これを利用する地域コミュニティについて文学部の学生が教員の指導のもとで調査し、さらにその事例について、法学部のゼミでのフィールド・ワークによる調査研究および理論的な議論の題材とする。また、プロジェクト全体での研究発表会を行うことにより、学部を横断した意見交換を行う。このような学部間連携を通して、学問領域を超えた協働ができる人材の育成を行うとともに、学術的な蓄積の社会的意義を実感する機会を学生に与えることができる。この取り組みをモデルケースとし、成蹊大学における学融合的研究・教育の拠点づくりを促進させることができる。