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アラブの部族社会―シナイ半島(エジプト)のベドウィンの生活 堀内正樹【国際文化学科】

旧約聖書の舞台ともなったエジプトのシナイ半島は、1967年の6日戦争(第3次中東戦争)でイスラエルによる軍事侵攻を受けて以来、1973年のヨーム・キップール戦争(第4次中東戦争)および1978年のキャンプ・デーヴィッド合意とそれを受けた1980年のエジプトとイスラエルの国交樹立を経て、 1982年にエジプトへの完全返還が実現するまで、15年間イスラエル軍の占領下にあった。イスラエル軍が去ったあと、エジプト本土からは軍人や役人、石油・鉱山関係者などが大量に流入するようになったが、シナイ半島の主たる住民は昔から今に至るまで一貫してベドウィン(アラブ遊牧民)である。彼らは法的には一般のエジプト国民とは区別され、自分たち独自の慣習法の執行が許されている。

1990年代に入って、東京の(財)中近東文化センターのご尽力により、こうした困難な政治状況下での学術調査がエジプト政府から許可されることになり、それまでヴェールに隠されていたベドウィンの生活の一端を知ることができるようになった。ここに紹介するのはその実地調査の成果である。

シナイ半島のベドウィンはさまざまな仕事で生計を立てている。山羊や羊、ラクダなどの家畜飼養はもとより、井戸水を利用した小規模農業、沿岸漁業、小学校の教員、タクシーやトラックの運転手、工場労働者、建設労働者、小売業、観光産業従事者、役所勤務など、その職業は多様である。それにもかかわらず、ベドウィンはみな例外なくいずれかの部族に属している。したがって彼らは「遊牧民」というよりも「部族民」と呼ぶ方が正確だといえる。シナイ半島(南部)には、私の今日までの調査で判明した限り、13の部族が存在している。どの部族も父系の系譜を通じた親族メンバーから構成され、分節構造をなしているが、人口の少なさが理由となって、系譜の分節深度が浅いという特徴をもっている。しかし実際の親族関係は双方的な結婚を通じて重層的なネットワークを作り上げ、系譜の分節を横断している。そして部族が内婚の最も広い限界線になっている。また部族は独自の排他的テリトリーは有さず、村や町にいくつかの部族が混住することが多い。部族長はそれぞれの部族に複数いて、かれらには政治権力はなく、トラブルの調停が主たる任務になる。

普段バラバラになっている部族のメンバーの連帯を維持するために、ズワーラと呼ばれる祭りが毎年砂漠の中で行われる。祭りは夏の満月の晩を中心に数日間行われる。各部族は聖者の廟に集まって、山羊の供犠や部族集会を行い、そのあと明け方まで「ダッヒーヤ」や「リフィーヒー」と呼ばれる歌と舞いが続く。聖者は旧約聖書に登場する預言者たちや部族の祖先、あるいは来歴不明の人々まで多種多様だが、こうした祭りの対象となる聖者の多くが部族の祖先であるというところに、他のアラブ世界とは違ったシナイ半島のベドウィンの際だった特徴がある。アラブ社会には存在しないといわれてきた「祖先祭祀」の可能性を示しているからである。

本番の授業ではもっと詳しい説明や、漁の仕方、歌や踊り、昔話や伝説、結婚式、老人のライフ・ヒストリーなどを音と映像を交えて紹介する。以下の私のホームページ中の、「シナイ半島のページ」を参照願いたい。

堀内正樹ウェブサイト
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