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「政治について考える」ってどういうこと?

法学部政治学科教授 光田 剛

 



 政治学科とは何を学ぶところかという問いに答えるとすれば、とりあえずは「政治」について学ぶところだ、ということになります。
 なんだか当然すぎる答えです。
 しかし、ここを見ておられる貴方が、「政治学科を受験しようか、やっぱり他の学科や他の学部にしようか?」と迷っておられるとしたら、この答えではあまりにあいまいすぎるでしょう。
 そこで、政治学科ではどのようなことを学ぶのかを、もう少し具体的に書いてみたいと思います。 

政治学科では何を学ぶか?

政治学科で学ぶ内容をひと通り

 政治学科では:

  • 日本をはじめ、世界各国の政治の仕組みや、そのような国々や国際機関、民間のさまざまな組織から構成される「国際社会」の政治の仕組みについて学びます。
  • 国会などで政策がどのように議論され決められるかとか、政策を具体的に実行する「行政」の仕組みとか、福祉政策、地方自治がどのように行われているかとか、また、それぞれの分野でいま課題になっている問題は何かということも学びます。
  • 政治について、まったく無名の人びとから、高校までの教科書に出てくる思想家まで、いま世界に生きている人たちは何を考えているか、過去の人たちは何を考えてきたかということも学びます。
  • それに、今日の政治は、今日突然始まったものではなく、過去の政治の展開を引き継いでいるのですから、日本や世界のほかの地域、また国際社会の政治の歴史(政治史)についても学びます。

人は「決まり」や「仕組み」どおりに動くわけではない

 政治を学ぶときにたいせつなのは、「仕組みがどうなっているか」と同時に、「実際にそれがどう動かされているか(動かされていたか)、また、動いているか(動いていたか)」ということだと思います。

 政治の世界で動いているのは主に人間たちです。人間は、「仕組み」通りに動くとは限りませんし、定められた「決まり」の通りに動くとは限りません。

 それは私たちの日々の生活を考えてみてもわかると思います。たとえば、「夜8時からみっちり勉強して、夜12時に寝る」ということに決めていたとしても、夜9時までテレビを見ている日もあるかも知れませんし、夜更かしして1時とか2時とかに寝ることになるかも知れません。風邪を引いてずっと寝ているかも知れませんし、午前3時ごろからサッカーの試合の中継があるので10時ごろに寝て3時に起き出すということもあるかも知れません。そして、たとえば、毎日、勉強をスタートする時間が9時なってしまって、いつの間にか、「夜8時から勉強する」という「決まり」が形だけのものになってしまうこともあるかも知れません。

 もし、貴方がとてもまじめな生徒で、自分の生活についてはそんなことはけっして起こらない、というばあいでも、友だちや先輩・後輩が必ず「決まり」を守って暮らしているとは限りません。ほかの人たちのことを考えて予定を立てるときには、そのほかの人たちが「決まり」どおりに生きているかどうかを考えに入れなければならなくなります。それどころか、生活上の「決まり」は一人ひとり違っているものだから、そのことも考えに入れなければなりません。

 政治についてもまったく同じです。

「決まり」・「仕組み」と「実際」

 自分とか友だちづきあいとかについての話からいきなり「政治」へと話が大きくなりました。しかし、「さまざまな人がいて、さまざまな「決まり」があって、しかもみんなその「決まり」通りに動いているとは限らない」という点では、それは同じです。いや、友だちや先輩・後輩の範囲ならば、相手がどんな「決まり」で生活しているか、とか、この人は「決まり」をよく守って生活していそうだとか、逆に「決まり」なんかあまり気にしなさそうだとかいうことが推測できます。しかし、「政治」といったばあい、それはじつに多くの人たちが関わってくるのですから、なかなかその推測がきかなくなります。

 しかも、政治は、さまざまな年齢層、さまざまな経済的条件(お金持ちか貧しいか)、さまざまな考えかた、さまざまな立場の人たちを相手に行われるわけですから、なおさらです。たとえば、お金持ちの人たちにとって有利な仕組みが、貧しい人たちにとってはかえって不利な仕組みとして働くかも知れません。若い人たちにとっては便利な仕組みが、年をとった人たちにとってはとても不便な仕組みに思えるかも知れません。

 政治が行われるのはそういう場なのですから、なおさら、政治を行う人たちが決めたことがそのまま守られるとは限りません。みんなが守らないかも知れないし、守ることは守ってもみんなが不満を抱くかも知れません。ある人たちは守ってもある人たちは守らないかも知れませんし、ある人たちは大歓迎してもある人たちにはものすごい不満がたまるということもあるかも知れません。

 たとえば、財政を豊かにするために、お金持ちにだけ高い税金をかけるという政策を行えば、貧しい人たちは歓迎するかも知れませんがお金持ちには不満がたまるでしょう。逆に、国民一人ひとりから月に5万円ずつ税金を取り立てるということにすれば、ひと月に1000万円を稼ぐ人にとっては大した負担に感じられないかも知れませんが、ひと月の稼ぎが10万円という人にとっては税金が月収の半分ということになり、たいへんな負担に感じられます。また、国の収入が増えたとして、それを福祉の充実に使うことを求める人たちと、軍備の強化に使うことを求める人たちが対立することだってあるかも知れません。

 だから、政治を学ぶためには、仕組みがどうなっているか、決まりがどうなっているかだけではなく、実際にその仕組みや決まりが社会のなかでどう働いているかということを知ることも重要なのです。また、長いあいだ同じ仕組みが行われていると、最初はそれを守っている人が多かったのに、しだいに守らない人が多くなることもよくありますし、逆に、その仕組みに慣れて、仕組みを守って動く人が多くなることもあります。最初はとても不満の大きかった仕組みに対して、いつの間にか不満がきかれなくなることもあります。逆に、人びとの実際の動きに合わせて仕組みのほうが変わって行くこともあります。そういう動きがどうなっているか、具体的にどう動いているかなどを知ることも重要なのです。

 そして、政治学科の授業も、仕組みや決まり(まとめて「制度」といいます)がどうなっているかということとともに、人びとが実際に政治をめぐって何を考え、どんな行動をするのかということについても学ぶように設計されています。

政治はあるほうがよい? ないほうがよい?

鼓腹撃壌(こふくげきじょう)」の歌

 さて、私の専門は中国政治史です。中国(ここでは漢人=漢民族の社会だけを考えます)にはいろいろなものの考えかたがありました。いや、どの社会にもいろいろな考えかたがあったはずなのですが、中国のばあい、古い時代から漢字があったので、それがいろいろと記録されて後世に残ってきたのです。

 そういう中国の思想の伝統のなかに、政治はないほうがいい、少なくとも、政治が行われているにしても、そのことが人びとに実感されないのがベストだという考えかたがありました。

 世界史を学んでおられる方は、中国の古代に殷や周という王朝があったこと、周の時代の後半に国が乱れ、春秋・戦国時代とよばれる混乱の時代に移ることなどをご存じかも知れません。その混乱の時代より前の時代を、昔の中国では理想時代と考えていました。

 なかでも、殷や周などの王朝ができる前の時代を治めた帝王の時代は非常に理想的な時代と考えられていました。そういう時代を実現した帝王として、(ぎょう)という王の名が伝えられています。その堯の時代、人びとが歌った歌として

日出でて作し (お日さまが昇れば働き)
日入りて(いこ)い (お日さまが沈めば休み)
井を(うが)ちて飲み (井戸を掘って飲み水を得て)
田を耕して食らう (畑を耕して食べ物を得る)
帝の力 何ぞ我に有らんや (帝のやることが私に何の関係があるというのだ)

という歌があったといいます。この歌は、人びとが、満腹になった腹をたたき(鼓腹)、大地を打って(撃壌)歌った歌ということで「鼓腹撃壌」の歌と呼ばれます。

 「政治家が悪い」と恨まれるのはもってのほかなのは当然として、政治家がありがたがられるようであっても最良の政治とは言えない。人びとが、あたりまえの生活をしていて、それで満ち足りている。政治が自分たちの生活に何か関係があるなんてことすら考えつかない。これでこそ最良の政治といえるのだ、というわけです。

 すごく意地悪く解釈すると、人びとが政治の存在に気づかないようにして、人びとが知らないうちにある方向に誘導する(たとえば戦争を望むようにさせるとか、ある民族に対する憎悪をかき立てるとか)のまで「最良の政治」だということになってしまいます。じつは今日の政治を考えるためにはそれも重要な論点なのですが、そういう意地悪なことはここでは考えないようにしましょう。

 政治が行われなくても世のなかがよく治まっているのがよい状態だ、少なくとも、政治が行われていることが人びとに実感されないのが最もよい状態だ、という理想がここにあらわれています。

「人間は政治的動物である」

 しかしそう考えない人たちもいました。

 たとえば、古典時代のギリシアのプラトンは、世界の真実の姿を見ることができるのはきわめて限られた一部のひとだけであって、世界の大多数の人たちは、その世界の真実のあり方の不確かな影しか見ていないと考えました。だから、その世界の真実の姿を見ることができる人たちが、それを見ることのできない大多数の人たちを導かなければならない。それが政治の役割だと論じました。

 そのプラトンの弟子であり、いろいろな面でプラトンとは対極にあるような考えかたを打ち出したのがアリストテレスです。自分の先生と対立する考えを自分の信条としたアリストテレスは、「プラトンは友である。しかし真理はもっと友である」と言ったそうです。私は、教員として、自分の教え子にこう言ってもらえるとしたら、それに優る喜びはないと思っています。

 そのアリストテレスは、「人間は政治的動物だ」ということばを残しています。人間にはさまざまな性格の人がいる。損得の勘定が得意な人もいれば、とても勇気のある人もいる。そういうさまざまな性格の人たちが力を合わせあい、その得意分野を発揮できるようにしてこそ人間はよりよく生きられる。損得の勘定が得意な人が商売をし、人より勇気に優れた人には戦士として国の防衛を担当してもらう。そうすることで、その人たちも幸せに生きられるだろうし、国も富み栄える。そういう、さまざまな性格、さまざまな特性を持つ人たちを調和させ、それぞれの長所をより発揮させるようにすることこそ、政治の役割である。人びとがよりよい人生を送れるようにすることこそ、政治の役割なのだ。いや、人間は生まれつきそういう政治を必要とする生きものなのだ。そういう考えです。

 アリストテレスは、政治学者であるとともに自然科学者でもあり、さまざまな生きものの生態も観察しています。そうすると、たとえば、アリとかハチとかは、巣のなかで一定の秩序を作り、役割分担を決めることで生きていることに気づく。人間もそうなのではないか。そういうところからも「政治的動物」という発想が出てきたわけです。

 また、アリストテレスの考えかたには、アリストテレスの生きた時代の状況も強く影響を与えています。当時のギリシアは、ポリスと呼ばれる都市自治体がそのまま国家だった時代で(現代ギリシアでも「ポリス」は「都会」・「まち」というような意味です)、アリストテレスが言ったのも、もう少し正確に言うと「人間はポリス的動物である」ということでした。つまり、アリストテレスにとって、人間が生まれつき求めているような「政治」とは、古典時代のギリシアのポリスのような政治だということです。いや、じつはそれは逆で、古典時代のギリシアで「ポリスに関わるものごと」、「ポリスを運営するためのものごと」ということばから政治 politics ということばが生まれたのです。こういうことをもっと知りたい方は、ぜひとも政治学科に来て政治学を学んでください!

人間は国家を作ることでより自由になる

 このアリストテレスの考えかたをある面で受け継いだ人に18世紀の思想家ルソーがいます。ルソーは、人間の性格や適性は生まれつきで決まっているというアリストテレスの考えには反対しました。しかし、ルソーは、一方では、人間は国家を作ることでより自由になることができるという理想を持っていました。

 ルソーは「自然に帰れ」と主張したと言われます。たしかに、ルソーは、ただ自然のなかで生きているときの人間は幸せだったという考えを持っていました。しかし、人間はすでに自然には帰れない存在になってしまったというのがルソーの基本的な考えです。そうである以上、人間どうしが結びつき、国家を作って政治を行うことで、人間をより自由に、より幸福にすることを考えなければならない。ルソーの政治論の基本にはそういう考えがありました。もちろん、国家には、また、政治には、人びとの生活を不自由にする要素もあれば、人を不幸にしてしまうかも知れない要素もあるわけです。そこで、ルソーは、どうすれば人をより自由に、幸福にできる国家ができるかという政治制度について詳しく研究したのです。

 ルソーだけではありません。ルソーの政治についての考えは「社会契約論」と呼ばれる考えに属します。ルソーより前に社会契約論的な考えを主張した人としてジョン・ロックやホッブズなどの思想家がいます。ロックは、人間は自然のままでも一定の秩序に従って行動するものだと考えましたが、やはり国家を作って、その国家の下で暮らしたほうがよりよい生活ができると考えました。もし国家が存在しても人びとがよりよい暮らしができないのなら、そんな国家に従うことを拒否してもいいのだというのがロックの考えかたでした(「抵抗権」といいます)。ホッブズは、人間は自然のままほうっておくと限りなく争いを起こして収拾がつかなくなってしまうから、強力な権力を持つ王の下に人びとをまとめなければならないのだという主張をしました。「自然のままの人間」をどう見るかについて、ホッブズはロックやルソーとはまったく見かたが違うわけですが、それでも、そうやって作られた国家で、人間が自然のままでいるときよりもよい生活ができないくらいならば、そんな国家には意味がない、したがって人間はそんなひどい国家に服従する必要はないとホッブズは言っています。

 人間は、自然のままでは、十分に自由に、また幸福になることはできない。もしかすると、自然のなかで生きることしか知らなかったころは、人間は十分に自由で幸福だったのかも知れない。でももうその時代には戻れない。だから、人間がより自由になり、またより幸福になるために、国家をつくり、政治を行うことはぜひとも必要なのだ。また、そのためにこそ、理想的な政治を実現するにはどうしなければならないかを研究しなければならない。それが、ルソーなど、社会契約論者の主張だったのです。

 そして、ロック的か、ルソー的かという区別はともかく(たとえばアメリカ合衆国独立はロックの影響が強く、フランス革命にはルソーの影響が強いと言われます)、そういう社会契約論の考えが、近代国家の政治体制の基礎になっています。そういう意味で、私たちは「人間はより自由に、より幸福に生きるために政治を必要としている」という考えかたのなかで生きているということになるのです。

ほんとうに政治は必要なのか?

 しかし、では、政治はないほうがよいという理想は消えてしまったのでしょうか?

 そんなことはありません。政治はないほうがよい、少なくとも、政治はよけいなことをしないほうがよいという考えかたは、現在まで強く生き残っています。

 19世紀、ヨーロッパで産業革命が起こり、近代的な工業が成立すると、人の新しい生きかたとして工場労働者という生きかたが生まれてきます。当時のヨーロッパでは、選挙に基づく議会があったとしても、選挙権は一部の豊かな人に限られていました。貧しい労働者には選挙権がないので、政治に参加することができません。また、農村に暮らしていれば、農村の共同体があって、その共同体に生活を守ってもらうこともできたし、共同体のなかで意見も言えたわけですが、都市に暮らす労働者はそういう共同体からも離れてしまっています。

 そういう「孤立無援」な工場労働者たちが助け合い、つながり合うための思想として生まれたのが社会主義です。社会主義のなかにもいろいろな考えがありましたが、ここではそのなかで「無政府主義(アナーキズム)」と呼ばれる考えかたを採り上げてみます。

 社会主義者たちは、19世紀当時の政治を、貴族や地主や新興の資本家など、一握りのお金持ちたちのものだと考えました。選挙権がお金持ちに限られていますし、農村の共同体と言っても大ざっぱに言うとそこの世話役はたいていはお金持ちの地主ですから、この時代にそういう認識が出てくるのも自然な面があります。さらに言えば、その一部のお金持ちが、自分たち貧しい層を抑えつけ、言うことをきかせるためにやっているのが、自分たちの時代の政治だと考えたわけです。

 そして、無政府主義者たちは、そんな政治はないほうがよいと考えます。

 人間はもともと人と仲よくやっていける素質を持っている。人のことを思いやり、ほかの人が幸せでいて自分も幸せだと感じられる、そういう美しい性格をもともと持っている。しかし、いまの政治の下ではそういう美しい性格が抑えつけられてしまっている。だから世のなかは醜く、暮らしにくくなるのだ。そんな政治はなくしてしまおう。そうすれば、人間は、自由に、幸福に生きることができるはずだ。無政府主義者たちの理想はそういうものでした。

 その無政府主義の理想は、社会主義の内部でも強い反対を受けました。悪い政治を倒すためにこそ、自分たちにとっての「理想の政治」を考えなければならないと考えた社会主義者も多かったからです。また、無政府主義者の一部には、その主張を実現するために暗殺や爆弾テロに走る人たちもいましたので、無政府主義者たちは「無政府主義者=テロリスト」という図式で見られるようになり、20世紀も中ごろになるとその影響力を弱めることになってしまいました。

 しかし、その無政府主義の発想に近い考えかた、つまり、人間はほうっておいたほうが人間本来のよい性格が発揮されるのであって、政治がよけいなことをすれば人間の暮らしは悪くなるだけだという発想は、20世紀後半から現在まで、別の形で受け継がれています。それが「自由至上主義」や「自由尊重主義」と呼ばれる考えかたです(英語をそのまま引き写した言いかたでは「リバタリアニズム」という。そのほうが通りがよいかも知れません)。

「大きな政府」の時代

 19世紀から20世紀にかけて、欧米や日本では選挙権は拡大され、やがて男性ならば財産の多少を問わずに選挙に参加できるようになり(男子普通選挙)、さらに女性の選挙権も実現するようになってきました。労働者の政党も政党も結成され(いまも活動している党としては、ドイツの社会民主党、イギリスの労働党などがあります)、政治は必ずしも一部のお金持ちだけのものではなくなってきました(なお、ここの議論では、ロシア革命以後に世界各地に生まれたソ連型の社会主義国家については省略することにします)

 また、1930年代の世界を襲った世界恐慌は、政治の役割を変える一つのきっかけとなりました。

 近代産業を基礎とする社会は、ものを売り買いすることによって動いています。そういう時代に、国のなかで多くの人びとが貧しいままでいればどうなるでしょうか? 貧しい人たちは買いたくてもものを買えない。ものを作る側からいうと、ものをたくさん作っても売れない。自分たちの作ったものが売れないと、ものを作っている人たちも貧しくなってしまいます。そうするとまた貧しい人が多くなり、ものはさらに売れなくなる。社会全体はどんどん貧しくなってしまいます。また、社会全体が貧しくなると、生きるために犯罪に走る人も出てくるでしょう。治安が悪くなると、治安を守るための費用がかさんでしまいます。

 だったら、政府がお金を出して仕事を作り、貧しい人たちの働く場を作るほうがいいのではないか。そうすれば、貧しい人の生活にも余裕ができ、いろいろなものを買うようになる。そうすれば、ものを作る人の稼ぎも多くなる。その人たちの生活にも余裕ができるので、さらにものを買う人が増える。また、政府が人びとの生活を保障することで、人びとは安心して生活することができるようになり、さまざまな分野で安心して自分の能力を発揮することができるようになる。もし何か大きな事業をやろうと思ったひとも、失敗したときに無一文になり、家も失って街頭をさまようことになるかも知れないと考えれば、そんな危険を冒してまでその事業をやろうとは思わない。しかし、失敗しても一定の生活は保障されていれば、大きな事業に乗り出すこともできるだろう。年をとって働けなくなったときに、そのときの生活費を自分で出さなければならないとなると、みんなお金を貯め込んで使わなくなってしまうかも知れない。しかし、政府が老後の生活を保障すれば、安心して現在のことにお金を使うことができる。そうすればものとお金がよく動く活発な社会ができる。

 このようにして、公共事業を活発に行い、社会保障を充実させるほうが、貧しい人たちだけではなく、社会全体をより豊かに、より幸せにしていくことができるという考えかたができてきました。また、そういう政策を行ったほうが、人びとは貧しさに怯えて生きるよりもより自由に生きられるという考えも定着します。政府の大きな役割を認めるこのような考えかたを「大きな政府」の考えかたといいます。

「最小国家」への理想

 このような「大きな政府」の考えかたは20世紀半ばには大きな影響力を持ちました。しかし、1970年代頃から、「大きな政府」の考えかたへの批判が強くなってきます。

 「大きな政府」の問題点は、公共事業や社会保障を実現するために費用がかかるということです。その財源は国民の税金です。つまり、「大きな政府」は、社会全体を幸せにするために、その社会で暮らす人びとに大きな税金の負担を負わせることになったのです。とくに、大規模な公共事業などで景気がよくなるという効果があまり認められなくなり、一方で、公共事業や福祉のための支出で政府財政が赤字になる状態が続くと、「大きな政府」への批判は強くなりました。

 そういうなかで、政治は最小限のことだけやっていればいいのであって、福祉や公共事業など、それ以外のことをやってはならないという「最小国家」の考えかたが、自由至上主義者たちから出されるようになってきました。

 政治がやらなければならない最小限のことというのは国家の防衛と治安の維持です。これは一人ひとりが自由にやっていればよいというものではない。国家が責任を持って行わなければならない。

 しかし、たとえば、公共事業などは、税金を使うとともに、民間の同じ種類の産業を圧迫することにつながる。たとえば、国がお金を預かったり、貸したりという、銀行と同じような仕事をすれば、そのぶん、民間の銀行の仕事が圧迫される。国が鉄道を運営すれば、民間の鉄道会社の仕事が圧迫される。だから、国がこのような事業をするのはよくない。すべて民間に任せるべきだというわけです。

 また、福祉事業などについても、民間のボランティア団体などに任せればよく、国が直接に予算を使ってやるべきものではないと考えます。

 政治がよけいなことをすれば、人間はかえって幸せになれなくなる。政治がよけいなことをせず、すべてを民間の会社やボランティア団体に任せたほうが、人びとは自由に幸せに生きられる。そういう考えが再び大きな力を持つようになったのです。

 このような考えを背景にした「新自由主義」は、1980年代頃から政治的にも力を持ち始めました。日本の最近のできごとでいえば、郵政民営化などはこのような考えかたで行われたものです。しかし、一方では、その日本も景気の悪化に苦しみ、景気をよくするために政府がさまざまな政治を行わなければならなくなっています。かつて「大きな政府」の考えかたが大きな問題に直面して力を失ったのと同じように、「政治がよけいなことをしなければ、人びとは自由に幸せに生きられる」という考えかたも、いま、大きな問題に直面しているのです。

で、けっきょくどうなのか?

 政治があることで人間はより自由に、より幸せになれるのか? それとも政治がないほうが人間はより自由でより幸せでいられるのか? その二つの考えは、基本的には、現在まで引き継がれ、「どちらが正しい」という決着はまだついていないように思えます。

 しかし、その二つの考えはそのまま残ったわけではなく、時代の状況に合わせて変化してきているということも考えなければなりません。「最小国家」の考えかただって、政治は何もしないほうがいいというのではなく、国の防衛と治安維持は国家が行わなければならないと考えます。また、社会契約論も、「悪い政治」が行われ、人がより不自由に、その生活がより悲惨になる可能性は十分に考えています。その上で、人をより自由に、より幸せにする政治を実現するにはどうすればいいかを考えるわけです。

 その考えの根本には、けっきょく、人間とはどういう生きものなのかという問いがあります。人間は、自分たちだけで、自由に生き、幸せになる力が十分にあるのか。政治によってより自由により幸せに生きることができるのか、それとも政治などというものが関わると人間の自由はより狭まり、より不幸せになるのか。それに対して、私たちは、はっきりとどちらかに答えを決めることができていません。また、じつはその必要もなく、あるばあいには政治が必要であり、あるばあいには政治が口出しをするとかえって悪くなると、そのときどきで判断すればよいのかも知れませんし、少なくとも現在まで人間はそうしてきたわけです。

 しかも、いま、人間は人間の都合だけを考えればよい段階ではなくなってきています。社会契約論の時代には「自然」はまさに人間が何をしようが変えることができない(自ら然る=自分でそのようであるようにある)ものでした。少なくともそう考えて差し支えありませんでした。しかし、19世紀の産業革命の時代以来、人間は自然を大きく変える力を手にしました。そして、人間は、人間が自然を変えることで、やがて人間自身の生活が影響を受けるということに気づくようになりました。たとえいま生きている人たちの生活がよくなっても、子孫の生活が破滅的な影響を受けるかも知れないということを認識しはじめたのです。

 そういう時代のなかで、人間がどうすれば自由に幸せに生きていけるのかを考えることが、いま政治について考えることの一つの役割なのだ。それは「政治について考える」こと(つまり「政治学」)がずっと考えてきたことだけれど、それでも、いまの時代もやっぱり考え続けなければならないことなのた。私はそう考えています。

2011年1月17日

― おわり ―
 

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