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2月17日(日)シンポジウム「ヤングケアラー・若者ケアラーへの支援」が開催されました


 2月17日(日)、成蹊大学6号館において、シンポジウム「ヤングケアラー・若者ケアラーへの支援」が開催されました。ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、家事や家族の世話などを行っている18歳未満の子どものことです。病気や障がい、精神的な問題などのために、家族の誰かがサポートや看護、見守りを必要とする時には、未成年の子どもであっても、本来なら大人が担うようなケアの責任や作業を引き受けることになります。世界に先駆けてこうしたヤングケアラーに目を向けたイギリスでは、1980年代末からその調査が続けられてきましたが、今回、イギリス南部の都市ウィンチェスターにおいて1995年からヤングケアラー支援を行ってきた「ウィンチェスター・ヤングケアラーズ」のスタッフ2人を基調講演者として、シンポジウムが開催されました。

 最初に、成蹊大学研究ブランディング事業と共にこのシンポジウムを主催した日本ケアラー連盟ヤングケアラー・プロジェクトの理事である森田久美子氏から開会の挨拶がなされ、次いで、進行役の澁谷智子がヤングケアラーの説明やシンポジウムの趣旨、講演者の紹介をしました。その後、日本の元ヤングケアラーの語りとして、髙橋唯氏、 沖侑香里氏、坂本拓氏が10分ずつ、自らの体験について語りました。
 髙橋氏は、母と出かけるのは自分の憧れですが、実際に高次脳機能障がいの母と外出する時には、幼い子どもを連れているような感じになってしまうこと、母には母の人生があるのに、自分は母に理想の母親を追い求めてしまうのかという思いを抱いてしまうことなどを話しました。沖氏は、小学2年生の時に妹が進行性の病気を発症し、歩けなくなっていったり自分で食事ができなくなっていったりする妹に、見守りや経管食の準備、車いすでの外出補助、発作時の時間計測、たんの吸引などのケアを行ったこと、友人にはそんな妹のことをうまく話せず存在を隠しがちになってしまったつらさ、親に甘えられず「妹さんの分までがんばって」という周囲の声掛けをプレッシャーに感じたこと、「きょうだい会」との出会いなどを語りました。坂本氏は、鬱病とパニック障害と診断された母が、実際にリストカットなどもする中で、母が死んでしまうのではないかと不安を抱えながら、母の気持ちに寄り添うようにしたこと、同じように精神的な障害を持つ親の子ども同士で話をする「こどもぴあ」の活動などを通して、自分の気持ちが整理されてきたことを話しました。

 基調講演では、「ウィンチェスター・ヤングケアラーズ」の代表のベン・ホグビン氏が、実際にイギリスで行っている活動を紹介しました。大学や講演会などでヤングケアラーたちに話をしてもらうことや、SNSを使った啓蒙、子どもたちに向けて行っている「自分のケア役割について深く知るプログラム」、親向けに行っている元気回復行動プランに基づいたプログラム、テーマパークに行ったりするなどのアクティビティ、こうした活動を支えているボランティアの存在、資金面の運営などについて説明しました。「ウィンチェスター・ヤングケアラーズ」で学校&支援コーディネーターを務めているアリソン・クロス氏は、公立の学校におけるヤングケアラーへのサポートの仕組みを紹介しました。学校の執行部にヤングケアラーのニーズを理解してそのサポートを担当する教員がいること、生徒や教員に向けてヤングケアラーのことを知ってもらう説明会の開催、ヤングケアラーが話ができるように時間と空間を準備すること、学校外の支援についての情報も学校で提供することなどです。

 後半には、日本の元ヤングケアラー3人と、ホグビン氏とクロス氏が相互に質問したり答えたりするパネルディスカッションが設けられました。たとえば、ヤングケアラーを支援するのに特に専門性はいると思うかという坂本氏の質問に対し、ホグビン氏は、特に専門性は必要なく、子どもにとって信頼できる人であることが大事で、子どもの話に耳を傾けることが重要だと語りました。
 最後は、成蹊大学研究ブランディング事業のリーダーである中野有紀子氏が閉会の挨拶をしました。

 このシンポジウムには、受付で名前を書いた参加者だけでも61人、さらに、20人近いスタッフや報道関係者なども参加し、反響は非常に大きいものでした。会場ではお茶のコーナーが設けられたほか、ヤングケアラーからのメッセージの展示、これまでのヤングケアラー調査の資料や発表資料なども置かれ、参加者同士の交流も盛んに行われました。



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