プロジェクト
紹介

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判断・決定の無人化をめぐる法学的検討
――諸科学の知見を踏まえて

代表者:
法学部 渕史彦 准教授
研究期間:
2021年4月 ~ 2025年3月
プロジェクトの進捗状況
研究目的:
AIの活用等により、人間の生命・身体の安全や権利・法的地位に影響を与えうる種々の判断・決定のプロセスが高度に自動化され、人間による意思的関与の余地が乏しくなったとき、どのような法的問題が生ずるだろうか。また、そういった無人化された判断・決定システムの導入に際して、どのような法的制度やルールを構築することが望ましいか。――本研究プロジェクトは、人間中心の超スマート社会を実現するためには避けて通れないこれらの課題について示唆を得ることを目的として、公法学・民事法学・刑事法学・国際関係法学・法社会学・法史学など多様な専攻のメンバーが参加する、野心的な共同研究企画である。共同研究メンバーは、各自の専門分野のトピックから出発しつつも、他の学問分野との対話をも辞さずに積極果敢に議論を展開することが期待されている。
内閣府が掲げているSociety 5.0(人間中心の超スマート社会)の構想によれば、Society 5.0を支える革新の一つは、人工知能(AI)の活用によって情報・モノ・サービスが必要な人に必要な時に必要なだけ提供されることであるとされる。それにより、人間が、あふれる情報に能動的にアクセスして必要な情報を見つけ分析するという作業の負担から解放され、いわゆるデジタルディバイドも消滅して、年齢・居住地域・職業等に関係なく、あらゆる人が便利で安心・安全な生活を享受できるようになるという。
しかしながら、上述のような社会への移行は、伝統的な法律学における権利保護の手法にとっては重大な挑戦となる。なぜなら、従来の法律学では、権利とはその帰属主体の意思に反して奪うことの許されない法的利益として観念されており、したがって、権利の喪失や縮減を伴う判断・決定に際しては、その理由を権利者に開示したうえで異議申立ての機会を与えたり、権利者による同意を要求したりといった形で、権利者自身が判断・決定プロセスを逐一把握しチェックできるよう手続を設計することこそが、権利保護の常道だと考えられてきたからである。
Society 5.0におけるAIの活用は、一言でいえば情報・モノ・サービスの提供にかかわる判断・決定プロセスの「無人化」を志向するものであり、判断・決定のブラックボックス化に直結する点で、Society 3.0(工業社会)やSociety 4.0(情報社会)が経験した人間活動の補助手段としての「機械化」「電子化」とは、質的に異なる。
他方で「人間中心の社会」というSociety 5.0のスローガンを内実の伴ったものとするためには、無人化の代償として人(とりわけ個人)の権利の法的保護が後退することがあってはならず、むしろ、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム」(内閣府資料より)によっていっそう増大するであろう権利侵害の危険性から、社会構成員を確実に保護できる法的枠組みの設計・構築が必須だといえよう。
本プロジェクトは、Society 5.0の構想が抱える以上のような構造的かつ根本的な課題について、今後の議論の基礎となりうる地に足の着いた研究成果をめざすものであり、呼称として「未来法学研究所」の使用を希望する。