社会発信




2023年度開催イベント
アフターレポート

成蹊大学Society 5.0研究所主催 第10回講演会(2024年3月2日開催)

「ODR(オンライン紛争解決)をデジタル社会のインフラに
 ―海外の事例からみる民事紛争解決の未来―」


成蹊大学法学部法律学科4年 菅野春哉

 

「難しい・お金がかかる・時間がかかる」

裁判に対する世間のイメージは、必ずしも良いとは言えない。裁判に負のイメージが付いてしまっているため、紛争解決を諦めてしまうケースが多々ある。いわゆる「泣き寝入り」だ。市民を救うはずの裁判が、そのイメージにより市民に利用されないのは残念な気持ちになる。そんな紛争解決へのイメージをガラッと変える可能性があるのが「ODR」だ。立教大学特任准教授の渡邊真由氏は「トラブルで泣き寝入りする人を減らすには?」をテーマに、ODRの研究をおこなっている。

そもそも「ODR」という言葉に聞き馴染みのある方は少ないのではないだろうか。「Online Dispute Resolution」の頭文字をとった言葉で、日本語では「オンライン紛争解決」と訳されることが多い。ICT技術を用いて紛争解決を目指す試みを「ODR」と呼んでいる。

ICT技術を用いることにより、従来よりも「簡単に安く短期間」で紛争解決ができるようになるため、既存の紛争解決手段とは異なる役割を持つことが期待されている。そのひとつに、ODRでは一人ひとりのニーズにあったサービスを新たに作ることが検討されている。もちろん従来の「ADR(裁判外紛争手続)」をIT化することも重要だが、より広範な市民のニーズに応えるために新たな法的サービスを作ることが求められているのである。

オンラインショッピングでの配送に問題があったときの補償請求と離婚請求について想像してほしい。前者は売り手が返金すれば済む問題かもしれない。一方、後者は双方の言い分を聞いたうえで、子どもがいる場合には子どもに対する権利関係を明らかにするなど、さまざまな項目について話し合わなければいけない。両者では交渉過程が異なるため、それぞれに最適なODRの仕組みも異なる。従来、異なるニーズに対応するためにはそれぞれ異なる窓口を設ける必要があり、膨大なコストを要した。しかし、ODRのシステムが整えば、オンライン上に複数の選択肢を用意しておくだけで十分である。そのため、ODRを用いることにより一人ひとりのニーズにあったサービスを作ることが求められているのだ。

しかし、オンラインでの紛争解決にも課題はある。そのひとつがODRに対する利用者のイメージだ。オンラインで紛争解決をおこなうことに対し「人間味がない」「今までと手続き方法が異なることに違和感を覚える」など、否定的な意見も見られる。実際に、EUで使われている「EU ODR プラットフォーム」では、申立ての件数に対する応諾率がわずか2%と非常に低く、ODRで申し立てても相手方が利用に応じない現状がある。一方、カナダのブリティッシュコロンビア州でも、少額のトラブルをオンラインにて解決できる仕組みを整えている。こちらは和解率(=当事者同士が納得して紛争解決できた割合)が70%程度であるのに対し、システムの利用満足度は90%を超えた。交渉の結果には満足できなかったけれど、システムに対しては「使いやすい」「便利」などの好印象を抱いた人が多くいることを示しているものだと考えられる。

これらの違いについて、渡邊氏は「利用者の満足度を左右するのはサービスのデザイン設計にある」と話す。たとえば、前述したカナダのブリティッシュコロンビア州で用いられているシステムでは、利用者目線に立ったデザインとなっている。わかりやすく見やすいレイアウトであることはもちろん、法律に詳しくない人でも理解しやすいように小学校6年生にも伝わる表現を用いたり、システム内での質問を「Yes / No」で答える質問か、選択肢から選ぶ質問の2種類だけにしたりするなどの工夫が施されている。これにより、法律に馴染みが薄い人でも利用しやすいものになっている。この例からもわかるように、利用者が満足して利用できるようにするためには、利用者目線に立ったデザインをすることが求められていると言えるだろう。

日本でのODRの進展はまだ初期段階にあり、ODR先進国と比べると遅れをとっている。ODRが「デジタル社会のインフラ」となるには、利用しやすいシステムの設計や市民への徹底的な周知など、いくつもの課題を乗り越えなければならない。そのために、まず諸外国の成功例などを参考にして、成功モデルを作り出すことが重要である。1つの成功モデルができれば、市民への周知がしやすくなり、ODRの発展に大きな推進力を生むきっかけにもなるだろう。従来の紛争解決よりも「簡単に安く短期間」で利用できる制度の創設に向け、法務省のODR推進会議や日本ODR協会などの機関が舵取り役を務めることにより、ODRの開発が早期に進展することを期待したい。