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アフターレポート

成蹊大学Society 5.0研究所主催 第15回講演会(2025年1月11日開催)

「お薬の効果はどう調べるの?:医療における統計学・データサイエンスの役割」


成蹊大学理工学部理工学科データ数理専攻 3 及川 一真

 今回の講演会を振り返り、松井茂之教授が話された3つのテーマ「医療・健康分野での統計の必要性」「薬の効能の調べ方」、そして「集団から個人への医療」についての内容と、私の考えを述べていきます。

 なぜ医療・健康分野で統計が必要なのかについてですが、松井教授は、これは統計学がなければ医療技術の開発に限界が生じてしまうからだと話されました。これまでの医療では生物学と薬理学の理論を用いて、薬を投与し疾患を治療する方法が基本的でした。これは原因と結果の関係にあり、薬の投与が原因にあたります。逆に、疾患を治療する行為が結果にあたります。つまり、これまでの基礎研究は原因から結果を導く「演繹」による解析が中心でした。

 しかし、演繹的なアプローチによる研究には多くの課題があります。例えば、生物学的なメカニズムは複雑であり、疾患のメカニズムには個人差があることが挙げられます。ここで統計学が活躍します。演繹的なアプローチが難しいのであれば、統計学を用いて帰納的に考えるのです。病気が治るかどうかを確率で捉え、その確率分布から意味を推測します。つまり、病気のメカニズムがわからなくても、データからエビデンスを得ることで合理的な判断が可能なのです。今後、データの解析技術が発展し、原因と結果の両側面からの研究がさらに盛んになることを願っています。

 次に、薬の効能の調べ方についてお話しします。薬を用いて病気が治ったとき、それが本当に薬の効果によるものなのかを、どのように検証するのでしょうか。検証には比較相手が必要です。最も望ましい比較相手は、同時期に薬を服用したAさんと服用していないAさんですが、現実にはそれはあり得ません。では、どうすればよいのでしょうか。松井教授によると、その解決策は「ほぼ同じ」条件の「集団」を観察することだそうです。「ほぼ同じ」とは、一定以上の人数をランダムに分けることを指します。また、ランダムに分けるというのは、ある特性をもつ人の集団を無作為に分けることで、ほぼどのグループにもその特性を持つ人が配分されることを意味します。仮に未知の特性を持つグループ(交絡因子)が存在しても、ランダム化によってそれを無視できるのです。まとめると、ランダムにグループ分けを行うことで、純粋に薬の有効性の有無を判別しやすくなるのです。

 しかし、このランダム化にはメリットばかりではありません。例えば、割り振り方によって被験者や実験の評価者の心理的な変化が結果に影響する可能性があります。その対策として、見かけは同じでも薬効がないプラセボを用いる方法がとられています。ただし、いつでもプラセボを用いることができるわけではない点に注意が必要です。そもそもランダム化できないケースもあり、人への有害物質の割り振りや、人に元々備わっている(遺伝子や年齢、性別など)特性に対する効果などは調べることができないのです。こうしたデメリットを踏まえた上で、その研究においてランダム化を活用すべきかどうかを考えることが大切だと私は思います。

 最後のテーマである「集団から個人へ」についてお話しします。これまでの話の中では、集団に対する研究を行ってきました。しかし現在、松井教授によれば、一人ひとりに合った医療を提供できないか模索しているそうです。この個人への診断にはAIが活用されており、診察データを学習して患者の症状に対する医師の診察を補助することが目的とされています。AIの活用は年々増加しており、今後はさらに成長する見込みです。しかし、AI診断には多くの課題があります。たとえば、解釈が難しいことが挙げられます。AIが下した判断はブラックボックス化しがちで、なぜその判断に至ったのかを説明するのが難しいのです。そのほかにも、診察データの不足やデータの偏り(地域や人種など)、可塑性(追加学習による変容)など、さまざまな問題が存在します。今後、AIの発展には研究や開発の新しい枠組みが必要となるでしょう。

 最後に、これら3つのテーマについて私の考えを述べます。まず、医療・健康分野においては、統計という別の視点からエビデンスを得ることができました。このように、今後の研究では手詰まりになったときに、ほかの見方からアプローチできないかを考えることが大切だと思います。薬の効能については、ランダム化という手法によって、似た条件をそろえることが可能でした。ただし、得られた結果がランダム化のデメリットを含んでいないかをよく吟味し、判断することが重要だと感じます。「集団から個人へ」という観点では、AIによって一人ひとりに合った医療を提供できる一方で、AIだけに頼った診断では誤りに気づきにくい可能性があると想像できます。最終的な判断は扱う人が下すという点に注意しなければならないと感じます。