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2026年度開催イベント
アフターレポート

成蹊大学Society 5.0研究所主催 第21回講演会(2026年10月10日開催)
「国際法からみるサイバー攻撃」


成蹊大学Society 5.0研究所所員
法学部教授
佐藤 義明

 

 2026 年10 月10日(土)に、東京大学名誉教授/東海大学特任教授の中谷和弘先生をお迎えし、Society 5.0 研究所主催第21回講演会「国際法からみるサイバー攻撃」を実施 しました。中谷先生は、北大西洋条約機構(NATO)の事業としてサイバー攻撃に関する 平時国際法を文章化したタリン・マニュアルが作成された際に、専門家の1人として参加されました。同文書は、「あるべき国際法」を提案するものではなく、既存の慣習国際法 を書かれた形にすることを課題とする文書で、法的拘束力をもつ条約ではありませんが、 海戦に関するサンレモ・マニュアルと同じく、実務家が参考にすべき文書という位置づけであるとご紹介がありました。
 先生は、サイバー攻撃のうち武力攻撃に当たるものは違法であり自衛権の行使によって反撃できるのに対して、サイバー諜報と呼ばれるものは原則として国際法上違法ではないことを紹介されました。例外は、企業秘密の窃取が世界貿易機関(WTO)貿易関連知的財産権協定(TRIPS)第39条の違反になる可能性があることだと指摘されました。質疑 応答でも取りあげられましたが、他国のサイバー諜報に対応する手段は、先行違法行為がないので対抗措置という違法性阻却事由ではなく、合法な措置によることが必要であり、 外交関係の断絶がその1つであるという理解です。アルジェリアによるモロッコとの国交断絶とアルバニアによるイランとの国交断絶がその例として挙げられました。
 先生は、サイバー攻撃への対応は、基本的に非法的な信頼醸成措置などであり、条約の締結には至っていないことを紹介されました。西側諸国が慣習国際法の適用で対応できるとするのに対して、「アラブの春」のような反体制運動への対策を強化したい権威主義諸国が情報の国家統制条項を盛り込んだ条約の締結に積極的であるというご指摘は、興味深いものでした。何らかの多国間条約が締結されさえすれば国際社会における「法の支配」が 強化されるわけではないことを意味するからです。先生は、サイバー攻撃の対策は結局、ハックバックを含むアクティブ・サイバー防衛などの措置によること、そして、サイバー攻撃の主体を特定し、対象国の先行違法行為を証明することは困難なので、措置を正当化する根拠は対抗措置ではなく(自国の重要な利益を保護するために、違法行為を犯していない国の利益を侵害する違法性を阻却する)緊急避難になると指摘されました。
 国際法委員会(ILC)が起草し、国連総会決議の添付文書とされた国家責任条文でも、緊急避難は、「次の場合を除き......援用されない」と消極的に規定されたように、濫用の危険が認識され、いわば伝家の宝刀と位置づけられた違法性阻却事由です。サイバー防衛においてそれがほとんど唯一の法的枠組みとなる可能性があるというのは懸念されます。信頼醸成措置が有効で、緊急避難が真に必要な場合にのみ援用されているという共通理解を発動国と対象国がもてるならば、原因究明や再発防止などに協力できるかもしれませんが、現在の国際社会ではむしろ分断が深化しており、西側諸国も権威主義諸国もそれぞれの情報の繭(デジタル・コクーン)に閉じこもり――とりわけ自身だけが正しいと信じている前者にその傾向は明らかです――、相手側を理解する努力を放棄しているからです。 権威主義諸国が西側諸国にサイバー攻撃をおこなうことが多いことは事実かもしれませんが、マルウェアによる他国の施設の破壊の最初の例は、合衆国によるスタックスネットを用いたイランの核施設の破壊であるといわれます。それゆえ、緊急避難の応酬という未来の到来が懸念されます。
 先生は最後に、サイバー攻撃で人間が人工知能(AI)を用いたり、AIが自律的にそれをおこなったりすることが増えていくことは避けられないと指摘されました。そして、AIが株式市場を急落させた2010年のフラッシュ・クラッシュのように、AIが「フラッシュ・ ウォー」を引き起こす可能性も否定できないと指摘されました。本講演会の前後に、AIが関与したと考えられる個人情報の漏洩が相次いでいることに鑑みれば、その可能性は否定できないように思われます。先生の最後の問いかけは、「米中の開発競争の中でAIの開発スピードを両者同時に落とすことは可能か」というものでした。それがシンギュラリティ(AIの進化が人間の管理能力を超える技術的特異点)前に可能でなければ、サイバー攻撃もサイバー防衛も人間の意思でおこなわれる行為ではなくなり、人間に「開発」されるのではなく自己進化することになったAIがサイバー・スペースを「統治」することになるかもしれません。先生の問いかけは人類にとって極めて重いものでした。  
 中谷先生、ご参加下さった市民、研究者、学生の皆様に厚く御礼申し上げます。

(成蹊大学Society 5.0 研究所所員/法学部教授 佐藤義明)