成蹊大学Society 5.0研究所主催 第22回講演会(2026年10月24日開催)
「AI革命-近代社会における『第二の革命』」
成蹊大学理工学部 理工学科 データ数理研究室
山田 航
今から200年ほど前、急激な技術の発展により社会が根底から変わった。産業革命である。それまで人の手に頼っていた農業や繊維産業などに機械が導入され、生産性が飛躍的に向上する一方、従来の仕事の多くは失われた。1900年のアメリカでは、全労働力人口の約41%が農業に従事していたが、2020年にはその割合がわずか1.4%となり、現在は約260万人の農業従事者が約3億2,000万人の食生活を支えている。
以前の私にとって産業革命は歴史の授業で習った遠い昔の出来事という印象しかなかった。しかし今回の講演で、私たちは再び社会のあり方を大きく変える第二の革命に直面していると気づかされた。AI(Artificial Intelligence)の急速な発展である。マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授の宮川繁氏は、産業革命と現在進行するAI革命には、技術革新によって人々の働き方や社会構造が大きく変化するという共通点があると指摘する。今回の講演では、産業革命の歴史を手がかりに、AIが今後の雇用や社会にもたらす変化と、それに備えるために必要な取り組みについて語られた。
人々にとって、大規模な技術革新は好奇心をかき立てるものであると同時に、常に恐怖の対象でもあった。その大きな要因の一つが、新技術の導入に伴う雇用の喪失である。私自身も来年からデータサイエンティストとして働く予定だが、日々目覚ましい進歩を遂げるAIを目の当たりにし、将来的にデータ分析の仕事において、私は必要とされなくなるのではないかという不安を感じることがある。実際、産業革命では機械化によって従来の仕事が大きく減少し、講演では当時の雇用の約40%が失われたと説明された。また、MITの経済学者ダロン・アセモグルらの研究では、産業用ロボット1台の導入が約3人分の雇用減少につながると推計されている。AI革命においても同様の変化が予想されており、OECDが2018年に発表した推計では、仕事の14%が自動化によって消失する高いリスクにさらされ、32%は仕事内容が大幅に変化する可能性があると指摘された。
しかし、こうした雇用喪失の側面だけを捉え、技術革新を否定的に評価するのは早計である。なぜなら、技術革新は既存の仕事を奪う一方で、これまで存在しなかった新たな仕事を生み出してきたという、もう一つの重要な側面があるからだ。産業革命では、農業を中心とする雇用が大幅に減少した一方で、製造業やホワイトカラーの仕事が拡大した。MITの研究では、現在存在する仕事の約60%は85年前には存在しなかったという。技術革命による新たな雇用創出を示す具体例として、銀行の歴史が非常に興味深い。1970年代にATMが普及し始めるまで、銀行員の主要な業務の一つは、顧客の現金を数え、管理することであった。しかし、ATMの導入によってこれらの業務が自動化されたにもかかわらず、銀行員の数は減少せず、むしろ緩やかに増加した。その背景には、ATMの活用によって各支店の運営コストが削減され、銀行が支店数を増やせるようになったことがある。その影響で、新しい支店の人員として銀行員のニーズが絶えることはなかった。また、銀行員の業務内容も大きく変化し、現在では融資の相談や投資商品の販売など、多岐にわたっている。AI革命においても新たな仕事が次々に誕生している。私が来年から従事するデータサイエンティストもその一つである。世界経済フォーラム(WEF)の予測として、現在の若者の約60%が将来、現時点では存在しない仕事に就くという見通しも示された。
ここまで、産業革命とAI革命の共通点について述べてきた。では、産業革命の歴史から、AI革命の渦中にいる私たちは何を学ぶことができるのだろうか。その一つが、教育の重要性である。現在のアメリカが世界有数の経済大国へと発展した背景には、教育の普及がある。かつてのアメリカでは、子どもも農業などの貴重な労働力とみなされ、早い段階から働くことが一般的であった。しかし、1910年から1940年にかけて「ハイスクール・ムーブメント」と呼ばれる教育改革の動きが広がり、中等教育の普及が急速に進んだ。各州では義務教育や児童労働に関する法整備も進み、高校卒業率は1910年の約9%から1940年には約73%に上昇した。これにより、多くの子どもたちは「労働力」から「学ぶ存在」へと変化していった。教育の普及は、産業構造の転換を支える重要な基盤となった。高度な知識や技能を身につけた人々が製造業やホワイトカラーの仕事に就く機会を得たことで、中間層の拡大が進んだのである。それまでの社会は、少数の富裕層と多数の貧しい労働者に二分されていたが、教育の機会が広がったことで、貧しい家庭に生まれた人々にも社会的・経済的に上昇する道が開かれた。つまり、教育は単に労働者の能力を高めるだけでなく、社会構造そのものを変える力を持っていたのである。
では、現在のAI革命においてはどうだろうか。世界経済フォーラム(WEF)は、技術革新に対応するため、労働者は年間約100日間の再教育が必要になると推計した。しかし、現状の働き方では、休日のほぼすべてを勉強に充てる必要があり、それは現実的ではない。そこで宮川繁氏は、今後の社会では企業が労働者の教育に対しても給与を支払うべきだと提言した。講演では、AIによって仕事の生産性が33%向上するという見通しを踏まえ、週34.4時間の労働時間を22.7時間程度に短縮し、生まれた余裕を有給の教育時間に充てるという構想が示された。これにより、労働者は収入を維持しながら新たな知識を習得できるという考え方である。しかし、この構想の実現には大きな課題が残されていることが講演後の質疑応答で明らかとなった。企業が社員の教育に投資した場合、その費用をどのように回収するのかという問題である。最後に、この問題について私自身の考えを述べたい。私は就職活動を通して約10社の企業のインターンシップに参加し、多くの社会人の方々から話を伺った。その中で印象的だったのは、AIの導入によって業務が効率化されても、必ずしも労働時間に余裕が生まれるわけではないということだ。むしろ、生産性の向上に伴って、個々の社員に求められる仕事量が増加しているという話を耳にすることが多かった。企業が利益を追求する以上、生産性の向上によって生まれた時間をさらなる業務に充てようとするのは自然な判断である。そのため、労働者の自主性や企業の善意だけに頼っていては、十分な教育時間を確保することは難しいのではないだろうか。
では、産業革命期のアメリカでは、なぜ教育を広く普及させることができたのだろうか。その背景には、教育の経済的価値が高まったことに加え、義務教育や児童労働に関する法整備、地域社会による教育機会の拡充があった。つまり、教育の普及は個人の努力だけで実現したものではなく、社会全体の制度や価値観の変化によって支えられていたのである。この歴史を踏まえ、私はAI時代においても、国が主体となって労働者の教育を支援する制度を整備すべきだと考える。例えば、企業に給与総額の一定割合に相当する額を教育基金として拠出することを義務づけ、その基金を財源として、勤務時間内に社員教育を実施する企業へ研修費用などを助成する仕組みが考えられる。これにより、教育に積極的な企業ほど経済的な支援を受けられるようになり、社員教育への投資を促すことができる。日本にはすでに企業の研修費用や訓練中の賃金を助成する制度が存在するが、今後はこうした支援をさらに発展させ、継続的な学習を働き方の一部として定着させることが重要だと考える。
産業革命が子どもたちを「労働力」から「学ぶ存在」へと変えたように、AI革命では社会人もまた、働きながら学び続ける存在へと変わる必要がある。その実現のためには、個人の努力だけに依存するのではなく、企業が教育に投資しやすい社会制度を構築することが不可欠ではないだろうか。