社会発信




2023年度開催イベント
アフターレポート

成蹊大学Society 5.0研究所主催 第9回講演会(2023年11月25日開催)

「IOWN構想に向けたNTT R&Dの取組み」


成蹊大学 大学院 理工学研究科 博士前期課程1年 西島崇雄 

 

 情報通信技術の発展と普及の結果、世界の電子デバイスの消費電力は2018年から2030年にかけて約13倍に、トラヒックは2006年から2025年にかけて190倍に増大すると見込まれているなど、従来のインフラ技術は大きな問題に直面している。これらの問題を解決すべく提唱されたのがIOWN構想だ。IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想はオールフォトニクス・ネットワーク、デジタル・ツイン・コンピューティング、コグニティブ・ファウンデーションの3つの要素と、光技術による「伝送」と電子技術による「処理」を組み合わせた光電融合型の技術による新たな情報基盤の構想である。

 今回の講演会では初めに、IWON構想の中核を担うオールフォトニクス・ネットワーク(以下、「APN」という)について日本電信電話株式会社NTTネットワークイノベーションセンタの松井健一氏から話をうかがった。APNはネットワークの複雑化や通信容量の増大、混雑による遅延の増加といった問題をEnd-to-Endの光パス通信によって解決する。End-to-Endの光パス通信では、これまでの技術では光から電気へ、電気から光への変換を繰り返しながら光通信を行ってきたのに対して、変換を最小限とし、始点から終点までの大半の区間を光による通信で構成する。これによって通信容量を従来の125倍に、遅延を200分の1に、そして、遅延の揺らぎを無くし、遅延の可視化と調整ができるようになることで先ほど挙げた問題を解決する。

 APN技術の導入事例としてeスポーツイベントの開催や遠隔医療・工事、データセンター間の接続などが挙げられていたが、最も印象的だったのが、リアルタイム遠隔合唱だ。2022年に行われた「サントリー1万人の第九」では、光ファイバ長で約700km離れた東京の1会場と大阪の2会場を、APNを用いてつなぎ、大阪のメイン会場の指揮者や演奏者の映像と音声に合わせて他の2会場が合唱を行うというものだ。人が気にならない遅延量が片道20ミリ秒なのに対して、このケースでは音声をわずか7ミリ秒の遅延で伝送することができた。コロナ禍を経て、リモートワークやオンラインイベントが増加するなど、私たちの生活にデジタル空間を活用した新たなスタイルが浸透しつつある。仕事や交流がデジタル空間で展開される中で、APNは今後、大きな役割を果たしていくだろう。

 次に、日本電信電話株式会社NTT人間情報研究所の島村潤氏からリアルとサイバーが融合した新たな体験創出に関連する取り組みについてうかがった。人の活動の場は今やリアル空間だけに限らず、SNSやWeb会議、メタバースなどのサイバー空間への拡大・多様化が進んでいる。IOWN構想はリアルとサイバーの融合によって、距離や時間、価値観の壁を越えて、離れた場所にいる人と同じ空間をともにしているような体験やお互いの価値観の違いを認め合えるコミュニケーションを実現し、多様な人や社会をつなぐことを目指している。

 その中で、TENGUN Ogijima プロジェクトはリアルの世界をまるごとデジタル化し、空間表現性の高いサイバー空間で現実世界と同等の体験をもたらす試みだ。香川県の男木島は人口132名、周囲約4.7kmの小さな島で、高齢化と人口減少による担い手不足の問題を抱えている。そこで、男木島のリアルなメタバースを通じて島の魅力を多くの人に知ってもらうことで、地域活性化につながる関係人口を増やす取組みとしてスタートした。関係人口とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉である。講演では、3D点群データをはじめとする現地で計測した情報をもとにサイバー空間として男木島を再現する映像が紹介された。非常に没入感の高いフォトリアルな映像を見て、まさに自分自身が男木島に行ってみたいと感じることができ、関係人口の増加を目指す本プロジェクトの意義と魅力を強く感じることができた。

 最後に紹介されたヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した「環世界」という概念も印象的だった。「さまざまな生物はそれぞれ、種特有の知覚世界を持って生きており、その主体として行動している」という考え方で、見るものによって物の見え方は様々であることを表している。IOWN時代においてはこの多様な価値観に応じて伝えるべき情報やその処理の仕方を変化させられる情報提供を目指している。講演では具体例としてANREALAGE SPRING/SUMMER 2024パリコレクションにおいて衣装の色や柄がさまざまに変化する様子が紹介された。まさに「環世界」を技術で実現しており、IOWNが単なる光技術の進展に限定されない大きな可能性を秘めた構想であることを強く感じることができた。昨今、多様性が叫ばれる中、IOWN構想は異なる環境や文化、社会において生きる個々の「知覚世界」をつなぐ架け橋として大きな機能を担うだろう。