社会発信

2022年度開催イベント
アフターレポート

成蹊大学Society 5.0研究所主催 第4回講演会(2022年5月21日開催)
「地域文化資源のデジタルアーカイブ」

成蹊大学Society 5.0研究所副所長・理工学部教授 小川隆申

  • この度、Society5.0研究所講演会を企画するにあたり次の点を考慮した。まず、他大学などの取り組み紹介ではなく、本学が取り組んでいることについてのテーマとすること、そして、そのテーマがSociety5.0というキーワードに合致することである。また、オンラインに加え対面開催もするので地域住民の方々も来られることを想定し、講演内容は過度に専門的でなく、予備知識がなくても興味を持ってもらえることが望ましい。
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  • こうした点を踏まえ、筆者が文学部授業で関与したことを発展させ、「地域文化資源のデジタルアーカイブ」をテーマとすることとした。「地域文化資源」とは、国や自治体などが公的に保存する歴史的資源に対し、市民や民間団体が所蔵する紙媒体、アナログフィルム、オーラルヒストリーなどの文化資源を指す。こうした文化資源は地域コミュニティとして貴重であるものの継承する体制が必ずしも整っているわけではない。しかし、昨今のIT機器やオープンソースソフトウェアの普及により、従来よりも安価かつ容易に文化資源をデジタルアーカイブできるようになってきており、全国の様々な地域で取り組まれつつある。
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  • 筆者が関与した文学部「コミュニティ演習」という授業では、吉祥寺の昔の写真の撮影場所・年代を学生たちが様々な情報を基に特定するというまさに「地域文化資源のアーカイブ」に取り組んでおり、それを通じて学生たちがコミュニティの記憶を共有することも実現している。筆者は理工学部教員としてこの授業の成果物をWebサイト化することを支援した。そして、その過程でこれが「デジタルアーカイブ」と位置づけられるもので、さらに昨今の画像処理や機械学習などの技術を生かして文理融合の活動として発展させられれば意義深いと考えるに至った。このようにデジタルアーカイブは実空間とデジタル空間にまたがる活動であり、またその内容は地域の歴史に関連した社会学、デジタル処理に関わる理工学、さらには文化資源の権利に関する法学なども関係する学際的活動であるという点で非常に「Society5.0的」なテーマであると言える。
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  • ただし、「デジタルアーカイブ」という言葉は広く社会に浸透しているわけではないので、講演会ではまず、その概念や実例について立教大学・長坂俊成教授にご講演いただいた。長坂教授は東日本大震災の「311まるごとアーカイブス」をはじめとする数多くの地域デジタルアーカイブを手掛けられてきた。本講演でも、画像のみならず映像や音声などを関連付けてアーカイブしている様々な地域の事例を基に、デジタルアーカイブの意義や地域にとっての価値についてご紹介いただいた。さらに、著作権や肖像権などの権利処理には非常に難しい課題が存在することも示され、デジタルアーカイブについての理解を深める講演となった。
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  • その後は、本学におけるデジタルアーカイブの取り組みについて紹介し、今後の展望について議論することとした。上述の文学部の授業では「吉祥寺今昔写真館委員会」という団体が所蔵する写真を使用している。この団体は吉祥寺の昔の写真を数多く所蔵し、写真展や写真集出版を通して吉祥寺の街の移り変わりを広く人々に伝え、後世に継承する活動を行っている。地域にとって貴重な文化資源保存の担い手であるので、講演会ではまず同委員会の沿革や活動について広く知ってもらう機会とした。同時に、コロナ禍で2年ほど写真展を開催できなかったこともあり、会場で写真をプロジェクタ投影すると同時にストリーミング配信するという「オンライン写真展」を試みた。写真を拡大しつつ解説しながら表示できるというオンラインの特性を生かし、通常の写真展では未公開の昭和初期の商店街のチラシや祭りの歴史について委員会の方々に語っていただいた。
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  • 次に、文学部・見城武秀教授から、同学部で行っている授業のコンセプトや狙い、そして実際の学生の作業の様子や写真を特定してフォトマップとしてまとめた成果について説明がなされた。次いで、従来は紙媒体であった授業の成果物を理工学部と共同でWebサイト化した経緯やシステム概要について武蔵野商工会議所・ICT研究会座長である矢口功氏から説明があった。商工会議所ではこれを機にデジタルアーカイブ分科会を設置し、所属するIT企業による技術的観点だけでなく士業の方々による法的観点でも地域アーカイブの取り組みに貢献してゆく体制である旨も述べられた。最後に筆者から成蹊学園史料館の所蔵写真を例に、写真と当時の資料あるいは他の写真を関連付けることにより物語性が生じることと、それがデジタル化されることによってより迅速かつ重層的に実現できるという展望を示した。その後の語り合いの時間では、写真に加えて様々な媒体を紐付けることやそれによって過去の文化資源は有限ではなく広がってゆくものだといった建設的かつ有意義な意見が参加者から出され、講演者と意見交換を行った。
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  • 吉祥寺今昔写真館委員会と成蹊学園とは2018年度に地域映像アーカイブ協定を締結し、両者が協力して「地域映像の収集と整理に努め、さらなる活用に供するため、互いに協力しながら地域映像アーカイブの整備と利用を促進する」こととしている。そうしたことから、本学としても地域文化資源のデジタルアーカイブに取り組んでゆくことが重要な地域貢献の一つでもあり、その推進のため今後、紙媒体と写真や資料のデジタル化を受け付ける旨を表明して講演会を締めくくった。
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