社会発信

2022年度開催イベント
アフターレポート

成蹊大学Society 5.0研究所主催 第5回講演会(2022年6月25日開催)
「アバターと未来社会」

成蹊大学大学院理工学研究科 博士前期課程2年 伊藤 温志

  •  コロナ禍の影響もあり、リモートで活動できる遠隔操作CGエージェントや遠隔操作ロボット、すなわちアバターの研究開発が注目されるようになってきた。大阪大学栄誉教授の石黒浩先生はロボットが街や家の中で人々の生活を支える社会を実現することを目標にアバターの研究開発を進めている。人と関わり、対話しながら人々に様々な情報を提供し、関わりやすいインタフェースとしてのロボットが活躍する社会では様々な可能性が広がっている。人と関わるロボットの歴史と将来の可能性について、石黒先生の説明から次のことを知ることができた。

  •  まず、人と関わるロボットは自立型ロボットの開発からスタートした。日常活動型ロボットRobovieの開発に始まり今では最も人に近いアンドロイドと言われるERICAの開発にまで至った。ERICAは初対面の人との会話を得意としており、10分程度の会話を上手にすることができる。驚くべきことにERICAはロボットの人らしさをテストするチューリングテストにおいて、半分の人が遠隔操作による会話だと判断した実績がある。

    また、自立型ロボットの開発から派生してアバターの開発が始まった。人らしい振る舞いをするロボットの開発には人の振る舞いを収集する必要があり、ここで利用されたのが人を模した遠隔操作ロボットだった。アバターの代表的なものとして石黒教授自らを模したGeminoidが有名である。ERICAやGeminoidには生身の人間のコミュニケーションより優れている所がある。それは身振り手振りの表現である。人が豊かなコミュニケーションを行うためには身振り手振りが重要である。視線の向きやうなずきにより円滑なコミュニケーションが可能となる。しかし、適切に身振り手振りを行いながら話すことはとても難しい。実際にスピーチが上手な人でも身振り手振りを使いこなせている人はあまりいない。一方でプログラムされたアンドロイドは適切なタイミングで豊かな表現を身振り手振りにより行うことができる。ここにERICAがチューリングテストで好成績を収めた秘密があるのかもしれない。

  •  次にアンドロイドやアバターの発展により実現される社会について導入例や将来的な展望について講演の中で次のように説明をされていた。まず、内閣府には2050年までに身体や脳、空間や時間といったさまざまな制約から人々が解放された社会を実現することを目的としたMoonshot projectという計画がある。Moonshot projectでは7つの目標が掲げられており、そのうちの一つにアバター共生社会という目標がある。Moonshot projectで実現したいアバターの世界とは「高齢者や障がい者を含む誰もが、多数のアバターを用いて、身体的・認知・知覚能力を拡張しながら、常人を超えた能力で様々な活動に自在に参加できるようになる。何時でも何処でも仕事や学習ができ、通勤通学は最小限にして、自由な時間が十分に取れるようになる。」こととしている。例えば教育の場面では、各々の子供に対しアバターを用いたAIの家庭教師をつけることで子供に合わせた学習が行えるようになる。また、教師は遠隔操作を用いて複雑な問題について指導することも可能だ。さらには学校で友人関係を築いたり議論したりする場面においても物理的な距離を省き世界中の子供たちと簡単に交流できるようになる。他にもアバターの可能性は広がっており、仕事ではアバターで会議に出席し、医療現場では遠隔で診察することで受診による感染リスクを避けることができる。さらには遠隔でパーティーに参加するなどプライベートで利用することも可能だ。実際にMoonshot projectでは保育園でのアバター利用を開始した。コロナ禍の影響で保育園への外部人員の入場が規制され外部講師を入れた活動が一切できなくなった。そこで保育園に小型のロボットを設置し、遠隔で操作することで以前と同じ活動ができるようになり、高齢者との交流も行えるようになった。他にもパン屋で販売促進に用いられ、可愛いロボットにアドリブ発話が得意な声優が乗り移り、パンを紹介することで売上を増加させた実績もある。アバターは見た目を自在に変化させることができるため、利用者が姿を変えてアバターになりきることで自分の新たな可能性を見つけることもできる、とのことであった。

  •  最後に日本のアバター技術は仮想化実世界を実現し、世界に新しいマーケットを創造する可能性を秘めていると石黒先生は話されていた。仮想化実世界とはアバターにより匿名化された姿で実世界での活動を行う世界のことである。仮想世界での何度でもやり直せる特性と実世界での経済活動を結びつけ、仕事やプライベートでより自由な生き方を選べるようになることが期待できる。しかし、日本では新しいことを始めようとすると倫理問題が重要視される。石黒先生は「倫理問題は重要ではない。新しいことは現在の価値観で測ることはできない。まずは技術の可能性を最大限引き伸ばし、新しいマーケットを創造することが重要である。その上で皆が安全に活動できるようなルールを作るべきだ。倫理問題を新しいマーケットを潰すために持ち出すことはあってはならない。」と話されていた。私自身、メタバースでのアバター使用やVtuberなどのコンテンツに触れ、日常生活でアバターを目にする機会が多くなり、社会でのアバターの活躍を肌で感じている。

  •  今後さらにアバター利用の敷居が下がり、様々な場面で一般ユーザが日常的にアバターを利用するようになれば、仕事面での効率化や働き方の自由度が増したり、プライベートでの人との関わり方が変化したりと今とは違った世界が見えるのではないかと思った。私は今後のアバターの活躍とさらにその先にあるアンドロイドと共存する社会が実現することに期待を募らせている。日本のアバター技術の可能性を伸ばし、日本から仮想化実社会を発展させていくためには自ら決断し新しい道を切り開くことが重要であると感じた。

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