■開催日時:
2023年11月12日(日)13:30~17:00
■会場:
成蹊大学6号館301教室およびZoomウェビナーの併用によるハイブリット形式

■主催:
日本中東学会 
■共催:
成蹊大学アジア太平洋研究センター
■参加者数:
対面参加 59名
オンライン参加 64名

■出演者(登壇順・敬称略)
講演者:
佐々木 紳(成蹊大学文学部教授)
磯貝 真澄(千葉大学大学院人文科学研究院准教授)
岡崎 弘樹(亜細亜大学国際関係学部専任講師)

コメンテーター:
小松 久男(東京大学名誉教授・公益財団法人東洋文庫研究員)
後藤 絵美(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)

司会:
嶺崎 寛子(成蹊大学文学部准教授)
開会の挨拶:
保坂 修司(日本エネルギー経済研究所 中東研究センター理事兼センター長/日本中東学会会長)

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■開催報告

2023年11月12日(日)、日本中東学会第29回公開講演会「自伝が語る世界-近現代の中東・中央アジア」が対面(成蹊大学6号館301号室)およびZoomウェビナーの併用によるハイブリッド形式で開催された。会場参加者は59名、オンライン参加の事前登録者数は176名、実際のオンライン参加者は64名であった。

開会の挨拶を務めた保坂修司会長は、「中東・中央アジアとは、ともすれば遠い世界に感じられ、昨今のパレスチナでの大きな衝突は〈怖い〉といった感情を想起させる。しかし実際には、これらの地域は長く、深い歴史を持っている。そこで今回の公開講演会では、伝記という切り口で、当地の時代、社会、文化を解明し、よりよい理解を深めることが期待されている」と会の趣旨を説明した。また、共催の成蹊大学アジア太平洋研究センターへの謝辞やその歴史の紹介もされた。

 一人目の発表者の佐々木紳氏(成蹊大学)は、「自伝の中のオスマン帝国-ミドハト・パシャがみた近代-」で、近代オスマン帝国の近代化改革、タンズィマートを牽引した政治家であるミドハト・パシャ(1822-1884)の自伝をもとに、彼がどのように改革をとらえていたのかを解き明かした。同発表では最初にオスマン史の簡単な説明がなされた後、ミドハト・パシャの経歴が示された。ミドハト・パシャは、書記官僚として頭角をあらわし、オスマン帝国史上初めての憲法、「基本法」を発布した。しかし、アブデュルハミト2世の治世下で憲法は停止されてしまい、ミドハト・パシャは急死したアブデュルアズィズ帝暗殺の嫌疑をかけられ、最終的に流刑先のターイフで没した。彼の自伝はその最中に書き上げられ、1909年に息子のアリ・ハイダルによって刊行された。佐々木氏は、同自伝を「どのような改革実践がおこなわれて」、「ミドハト・パシャがどのような心持で改革を実践して」、そして「今の時代にどのようにして接続されるのか」という軸で議論を進めた。自伝には、ミドハト・パシャの政敵への心情や悩みが綴られ、ミドハト・パシャの記述には徒労感さえ漂っていたと佐々木氏は指摘する。一方で佐々木氏は、改革は必ずしも右肩上がりではないのが常で、改革と反動の繰り返しの先に蓄積された成果が後世に残るとも指摘した。最後に、ハンナ・アーレントの革命論を引用し、ミドハト・パシャによる憲法制定、ひいてはオスマン帝国の近代立憲主義の確立を「不可逆的な過程」として捉えることを提言する。それ以降のオスマン帝国、ないしはトルコ共和国での改革の数々は、憲法改正によって社会の変革を促すという形を取る。つまり1876年の憲法制定は「歴史の復元ポイント」として作用すると指摘し、ミドハト・パシャの功績は立ち戻るべき参照点を確立したところにあると結んだ。

二人目の磯貝真澄氏(千葉大学)は「ソ連初期のムスリム知識人の自伝的回想を読む―ウラマーとボリシェヴィキ」で、同氏が専門とする「歴史的ロシア」におけるムスリム集住地域の一つ、ヴォルガ・ウラル地域のウラマーによる自伝の史料的価値を説明し、史料批判の在り方を論じた。同発表ではまず、日本のユーラシア研究が従来から自伝、回顧録文献に高い史料的価値を見出してきたことを指摘し、そのうえで、自伝を読むうえでの注意点が補足された。続けて、磯貝氏はヴォルガ・ウラル地域のムスリム知識人であるハサンアター・ガベシー(1863-1936)の経歴と彼を取り巻く歴史的・社会的状況を示しつつ、未刊行の彼の自伝をどう読み解くべきかを論じた。ガベシーはロシア帝国内の改革派ウラマーであり、なおかつ、ロシア帝国の宗務行政機関であるオレンブルグ・ムスリム宗務協議会のイマームであった。磯貝氏は、宗務行政の簡単な説明と、十月革命、二月革命後のロシア帝国内の状況を概観したのち、本題のガベシーの自伝的回想、「私の経歴より」を検討した。同自伝は、1927年のネップ終焉に際した、逮捕や拘禁に瀕したウラマーたちの危機的状況を如実に反映し、ボリシェヴィキの当局者が読むことを意識して書かれた。つまり自伝内では、ボリシェヴィキに肯定されうる自らの像の再構築が行われていたと指摘する。磯貝氏は結語で、同自伝には十分な史料批判が不可欠だが、そこに注意を払いさえすれば、非常に有用な史料であると結論付け、自伝を史料として用いる際に必要なのはそれを文脈に位置づけることだという認識を示した

三人目の岡崎弘樹氏(亜細亜大学)は「2000年代シリアにおける自伝ブームとその行方-エキュメニカルな社会の模索」で、独裁政権下の体験をもとにしたシリア人の宗派横断的な、同発表では「エキュメニカル」と表現される考え方について論じた。最初に、ダマスクスのフランス研究所で開催されたシンポジウムに触れ、シリアの自伝研究の現在地について述べたうえで、アラブ/シリアにおける自伝執筆の歴史とその傾向について概観した。次いで岡崎氏は、ドルーズ派でバアス党員であったマンスール・アトラシュの自伝を取り上げ、その記述からシリア政治の中の伝統と近代という二重性や、宗派主義の意味を見出した。また、娘の手による両親の回想録など、自伝に関連する他のテクストを用いることで、自伝をより立体的に理解することができるとした。岡崎氏は続けて、アサド政権下のパルミラ監獄での苛烈な収容について解説し、それらの経験が2000年代以降、小説、詩、映画といった語りによって紡がれたものの、その多くは世俗主義者の手によるものであることを指摘した。そのうえで、パルミラ監獄でより過酷な境遇に置かれていたムスリム同胞団員の手記に注目し、近年刊行されたシリア人同胞団員ムハンマド・バッロの『ギロチン台からの生還者--パルミラ監獄における8年間』を取り上げた。また、それをヨルダン系パレスチナ人の同胞団員ムハンマド・サリーム・ハンマードの自伝『パルミラ、目撃者と目撃されたもの―アサド刑務所の収監者手記』の語りと比較することで、シリアにおいて歴史的に息づくエキュメニカルな「共存」の意識・認識の存在を示唆した。最後に、自伝は東アラブ地域内部において、さまざまな宗教・宗派・信条の分断を内側から克服するための「生きられた経験」を確認するうえで豊かな宝庫であると述べ、発表を終えた。

10分間の休憩をはさみ、小松久男氏(東洋文庫)、後藤絵美氏(東京外国語大学)による各15分程度のコメントが行われた。小松氏は、発表に関わる補足事項を挟みつつ、3名の発表者のテーマに共通する「監獄」というキーワードを提示した。また、後藤氏は、自身の翻訳書の出版経験をもとに、発表者への発問を行った。いずれの発問に関しても非常に興味深い応答がなされ、時間に追われながらも、会場とZoomウェビナー上で寄せられた質問に発表者は応じた。概して、登壇者の闊達で軽快な口調は会場の笑いを誘い、急激な気温の冷え込みで外出意欲が削がれるなか、機械トラブルを乗り越えつつ、会場は多くの参加者で賑わいをみせた。

(飯田 大貴 早稲田大学文学研究科修士課程 1年)

記事掲載『CAPS Newsletter No.162』予定

講演:佐々木 紳先生
講演:磯貝 真澄先生
講演:岡崎 弘樹先生
会場の様子