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【結果発表】2024年度「書評コンクール」受賞作品のお知らせ

イベント

日程:2024年11月29日(金)

みなさん、お待たせしました。
「書評コンクール」受賞作品の結果発表です。
まずはたくさんのご応募を本当にありがとうございました。
応募者数37名、応募作品は延べ41点でした。

厳正な審査の結果、下記のとおり受賞作品を決定しました。


金賞:鈴木蓮士さん(法学部 法律学科 1年生)

『いい子のあくび』/高瀬隼子著/集英社 請求記号:913.6/たか

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 どうして、いい子であろうとする私ばかりが割に合わない思いをしなければいけないのか。歩きスマホをしている人の道を開けてあげるのは、いつも私。どうして私ばかり。
 本作は、いい子であろうとする全ての人たちの、心の奥の奥の更に奥底に燻っていて、決して、雲散霧消することのない、狂気とも取れる、歪な悪意を曝け出した作品である。
 直子が絶対に許さないと決め、両手をハンドルから離してスマホを見ながら自転車を運転をしている中学生に、わざとぶつかる。わざとらしく、驚きと、痛みと、非難の全部を詰め込んだ高い声をあげる。彼女の怒りは、この中学生個人に対してだけではない。理不尽な割に合わなさを浴びせてくる全ての人たちに対しての怒りである。
 彼女はその割に合わなさを割に合わせるために、手帳にメモをする行為に依存していた。「自転車、中学生、スマホながら運転、ぶつかる」と、直子は割に合わなさを感じるとメモをとっていた。手帳に本音を書いて心のバランスを保って何とか生きていた。会社でも、家族の前でも、恋人である大地の前でも、1人のときでさえ、猫を被っている彼女は本当の自分がどれなのかわからなくなっていた。
 そんな薄氷の上に成り立っていた直子の生活は、恋人である大地の浮気が発覚してから、バラバラと音を立てて崩れていく。彼女はその身に降りかかる多くの割に合わなさを、善意の塊のような存在である大地からの優しさを受けることで、割に合わせようとしていた。自分の胸裏におのずから存在する悪意、を持たないと思えた大地のことを心から尊敬していた。しかし、結局、大地も浮気をしていた。こちら側だった。
 人に対する唯一の希望でもあった大地から裏切られた彼女の心の声が、地の文を通して加速していく。世の中に対する怒り、失望、やるせなさが溢れる。そんな彼女に、正面から歩きスマホをしている人が近づいてくる。よけない、と決めて踏み出した一歩は音を立てることはなく、ぶつかった。心の中では決して消えることのない怒りが燃えているのに、口から出る言葉は「すみません、ぼんやりしていて、でもわざとじゃなくて、どうしよう相手の方、怪我、心配で、わたし、ほんとに、ほんとに」と言った、いい子から吐き出される言葉ばかりである。彼女の内面と外面を対比させ、世の中に対して以上の、自分に対する絶望が表現される。今作は、現代の割に合わなさを皮肉を込めて表した作品である。

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銀賞:村木碧唯さん(文学部 日本文学科 4年生)

『キッチン』/吉本ばなな著/新潮社 請求記号:BN16/よ18/2

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 2023年9月から2024年2月にかけて、私は立て続けに身近な人の死を経験した。住んでいるマンションの大家さんの奥さんが亡くなり、後を追うようにして大家さんも亡くなったのだ。あまりにも突然だった。奥さんが亡くなったとき、大家さんは今でも信じられない、と言いつつも、落ち込んではいられないとやるべきことをこなしていた。私もしばらくは落ち込んで苦しかったが、大学に行き、課題を出して、就活をして、アルバイトに行かなければならなかった。ふと気づいた瞬間には、普段の生活を送っていることに気が付いた。
 どんなに悲しいことがあったとしても、どんなに辛いことが起きたとしても、私たちは生きていかなければならず、生活をしなければならない。朝起きて、水を飲み、ご飯を食べ、学校や仕事に行って、人と会話をし、風呂に入り、そして眠る。誰かが亡くなっても世界が変わることはなく、当たり前のように空は晴れ、季節は流れ、気づけば誰かと笑っている。そうして、いつしかこのさみしさに慣れて、だんだん忘れていくんだな、と思った。さみしさを忘れることは、同時に故人を忘れることのような気がして、お世話になった恩を仇で返しているようで申し訳なく、自分が酷い奴に思え、しかしそういう人間の仕組みがなければ、日々訪れるさみしさに私たちは耐えられず、それこそがまさにさみしいものだと感じた。
 そんな時、本作に出会った。収録されている三つの短編の主人公は、家族や大切な人を亡くし、悲しみに暮れるが、それでも生きていかなければならない境遇にある。ぽっかりとあいた喪失感を感じながらも、そこでの出会いや言葉に支えられ、あたたかなご飯を食べることで、前を向いて歩いていけるようになる。悲しく辛いことは当たり前で、人生はそんなことの連続で、しかしそんな中でも、少し楽に息ができる瞬間はやって来る。「立ち止まってはいられない」と、明日へと進む主人公たちの姿が眩しく、また、本作を読んだこと、で自分も前を向いて生きてもいいのだと感じた。生活をする中で誰かと笑えるようになっても、悲しみを忘れてしまっても、それでもいいのだと思うことが出来た。忘れることはさみしいものではない。その人がいた事実は変わらず、私の中にずっと残っている。何かの拍子で忘れてしまったと思っても、その人がいた日々は消えない。笑って前を向いて、生きて良いのだと思える、そんな一冊であった。

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銅賞:章之晗さん(文学部 日本文学科 2年生)

『父の革命日誌』/チョン・ジア著/河出書房新社 請求記号:929.13/C53

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 電信柱に頭をぶつけ、父が死んだ。物語は、そんな訃報が娘である筆者に届くところから始まる。
 父は、大韓民国の政府が共産主義に反対する時代に共産主義武装組織として生きた人間であった。社会から大きく非難される存在であった父に対し、その娘として受難してきた筆者も心を閉ざしながら生きてきた。そんななか父の葬式の喪主を務めることになった筆者は、必然的に生前父と関わった人々と出会っていくこととなる。筆者はそこで自分の知らなかった父の幾つもの顔を初めて見ることとなり、父を一人の人間として見つめ直すこととなる。長い間冷めた関係であったために筆者の心に出来た蟠りが、父の葬式を経て解けていく。
 この本は韓国の歴史を知って読むとより一層深く理解できるものであるが、そうでなくとも「よくある親子の話」として我々の共感を呼び起こしてくれる。例えば、我々は普段から幾つもの顔を使い分けて生活している。家族に対するもの、友人に対するもの、恋人に対するもの...あるいはさらに細かい分類になるだろう、全てに違った一面を持っている。自身がそうでありながら、我々は自身の親もまた同じであることを忘れがちである。彼らにも同じように親族がいて、友人がいて、知人がいる。最も近くにいたようで、何も知らない。きっと私達自身よりも深く彼らを理解している人間が多くいる。そのことを当人が亡くなってから知ることになることに対し神妙な感情が芽生えるが、だからといって過去の行動を悔いる必要はない。そんな過去も現在も受け入れた上で、人は死んで終わりではないということをこの本は暖かく伝えてくれる。
 この先、我々には「誰かの記憶の中の親」に出会う機会が訪れるだろう。実際に体験した人間にしかわからないその不思議な感覚を、少し追体験してみてはいかがだろうか。

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館長賞(佳作):今泉沙瑛さん(文学部 日本文学科 2年生)

『それは誠』/乗代雄介著/文藝春秋 請求記号:913.6/のり

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 言葉とは何か。何のために発せられるものなのだろうか。私たちが発する言葉は、自分の価値観や気持ちに強く影響を受ける。乗代雄介『それは誠』は、言葉という主観に依存したものを見つめ直し、その可能性を探る物語である。
 高校二年生の修学旅行、班行動の日。誠は班行動を抜けて、スケジュールにはない日野に向かおうとしていた。長年会っていないおじさんに会いに行くためだった。それはあってはならない、絶対に学校に知られてはいけない計画だった。最初は一人で班行動を外れるつもりだった誠に、一人、また一人と協力者が増えていく。いつしか誠の計画は班員全員を巻き込み、小さな冒険譚となる。
 本作最大の特徴は、その語りにある。物語は一貫して「誠が修学旅行を振り返って書き記す」という形で綴られる。気になる女の子への描写が気持ち悪いくらい細かいことも、長々と自分の考えが語られることも、「自然な導入とやらに首尾よく失敗」していることも、全て誠が書き手であるためである。誠にとって自分が書いた言葉は「慰め」だった。学校も休みがちで会話も得意ではない誠は、その孤独を書くことで慰めていた。誠に言わせれば「言葉を無駄打ち」しているらしいのだが、作中の言葉選びや改行のすべてが誠によって意図的に行われていることは確かである。私たち読者は、誠の主観を通してしか出来事を捉えることができないが、それにより書かれていないことへの想像が膨らむ。答え合わせができない疑問は、読者を高校生の冒険へと巧みに引き込む。
 誠の言葉で綴られる淡く濃い修学旅行の一日。それは言葉を通して自分自身と真摯に向き合う姿勢を私たちに教えてくれる。あなたにとって、言葉とは何か。この物語を読み終えた時、あなたは「書きたくなる」に違いない。

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館長賞(佳作):田代彩菜さん(文学部 日本文学科 4年生)

『シャーロック・ホームズの建築』/北原尚彦(文)、村山隆司(絵・図)/エクスナレッジ 請求記号:930.268/D89/k

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 ミステリーに親しみがなくとも、「シャーロック・ホームズ」の名前を聞いたことがある方は多いだろう。イギリス・ロンドンを舞台に名探偵があらゆる事件を解決していく小説シリーズは、日本でも各出版社から翻訳・刊行され、探偵小説の金字塔として広く知られている。
 そんな名作を「建築」という新しい観点から考察したのが、本書『シャーロック・ホームズの建築』である。シリーズに登場する各建物は具体的にどのような外観・間取りだったのか?マニアックな趣旨のもと、北原尚彦氏(ホームズ研究家)と村山隆司氏(建築家)が、原作中の記述をもとに図面を起こしつつ、詳細な分析を行っていく。
 本書を読む中で感じたのが、小説中の「言葉」を拾い上げ、真摯に解釈することによって生まれる物語世界の豊かさだ。
その例として、アイリーン・アドラーの邸宅を取り上げた「ブライオニー・ロッジ」の章を挙げたい。アイリーンはホームズが愛した女性として登場する人物であり、彼女の住むブライオニー・ロッジは、ヴィクトリアン様式の小ぶりで優美な二階建て住宅として紹介されている。この家の裏には「庭」があるそうなのだが、さて、100年前の異国の庭と言われたとき、いったいどのようなものを想像すればよいのだろうか。
 本書によると、原文において「a garden at the back」「villa」という表現が用いられていることを踏まえ、ロンドンによくある狭い裏庭を表す「A back garden」とは異なる、「花々が咲いているような余裕のある庭」のイメージが相応しいそうだ。この考察によって邸宅のイメージが深まり、物語本編では描かれることのない、アイリーンの日々の暮らしがありありと浮んでくるようである。邸宅とは、建築物であると共に人物の息吹が根付く場所であり、本文から溢れた登場人物らの生きた暮らしを想像させる要素である。時代や言語を跨ぐなかで薄れてしまった言葉のニュアンスを丁寧に拾い上げ、「庭」という言葉に具体的なイメージを与えた、秀逸な章といえるだろう。
 もちろん、建築物はあくまで物語の「背景」であり、正確なイメージを持たずとも作品を楽しむことはできるし、あえて自由な想像を浮かべることもまた、読書の醍醐味といえるだろう。だが、つい読み飛ばしてしまいがちな「背景」を丁寧に拾い上げ、言葉の細部まで丁寧に吟味していく本書の試みは、物語に新たな深みを与え、読者を鮮やかな読書体験へと誘うのである。

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図書館員賞:武田健人さん(文学部 日本文学科 3年生)

『苦役列車』/西村賢太著/新潮社 請求記号:913.6/にし

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 これほど赤裸々な小説が、未だかつてあったか。
 恥も外聞もないとは、西村賢太氏にはむしろ格好の誉め言葉だろう。中卒、前科二犯、性犯罪者の倅。その背景と八方破れの生活を、氏は包み隠さず書き続けた。
 ありふれたストーリーは現実で十分、それより異形なるものを拝みたくなる。言うなれば怖いもの見たさの好奇心が、読者には常つきまとう。ホラーやファンタジーなら訳ないが、それが私小説、己の人生をほんの少しずらしたものならどうか。リアリティが一層の興味を掻きたてはしないか。それは自分だったかもしれないという以前に、すでに自分の一部であるという事実を突きつけてくる。
氏は自分の醜さや愚かさを臆面もなく曝け出し、またそれが誰もが持つ当たり前の性質だと、易々と読者を巻き込み裸にさせる。隠していた内面が照射されるのには密かな驚きと恐ろしさがある。「自分より駄目な奴の話を読んで慰めになれば」と氏は語るが、これはそう生半な覚悟で読める小説ではない。
 主人公の北町貫太の人生は、おおよそ氏の人生と重なるという。
 十九歳の貫太は、日雇いの港湾労働でその日暮らしの生活を立てている。稼いだ金は酒と煙草と風俗に消え、家賃すら払わず家を追い出されることもしばしば。恋人はおろか友人もいない。生活の困窮と他者への劣等感が、あるがままに語られていく。
 物語中盤、そんな貫太にようやく日下部という友人ができる。生活が上向く兆しが見えはじめる。しかし境遇の違いで嫉妬を覚えるうち、飲み会で暴言を吐き、ほとほと愛想を尽かされてしまう。挙句、職場で暴力事件を起こしてクビになり、貫太は再び一人日毎の生活に戻っていく。
 こうしてざっとあらすじをなぞれば、いかにも救いようのない悲劇に思える。その実悲劇には違いないのだが、着眼すべきは、この手の小説にありがちな独りよがりの感傷が一切書かれておらず、むしろ悲愴をいなすような第三者目線で書かれていることだ。北町貫太は劇場型だが、西村賢太はどこまでも冷徹で達観している。醜態をあくまで醜態として書く、見栄を張らない潔さこそこの小説最大の魅力だろう。加えて大正・昭和初期の私小説作家に影響を受けた文体には、胸に迫るような力強さがあり、何やら読ませてくる。汗と酒に塗れた言葉が、読者の琴線を荒く揺さぶる。
 氏は残念ながら2022年に亡くなった。
 暗澹たる日々を書き続けた現代の私小説作家の本を、今こそ手に取ってほしい。

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受賞されたみなさまおめでとうございます。

惜しくも受賞を逃したみなさん全員に、ささやかながらも参加賞を用意しています。
参加賞の受け取りは、12月2日(月)以降に図書館2Fカウンターへお越しください。
詳しくはSEIKEIポータルよりご連絡します。

受賞作品と書籍は大学図書館アトリウムに順次展示しますので、実際に手に取ってみてください。
コピス吉祥寺内のジュンク堂書店吉祥寺店とのコラボフェアも開催予定です。

成蹊大学図書館

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