学びの蹊
文学部
DEPARTMENT OF LITERATURE
ANIMATION MOVIE
近代小説の誕生:書簡体小説と「覗き見」趣味
文学部
DEPARTMENT OF LITERATURE
ANIMATION MOVIE
近代小説の誕生:書簡体小説と「覗き見」趣味
「小説」を「小説」たらしめるものとは何でしょうか?私たちが世界史や古文の授業で習う『ドン・キホーテ』や『源氏物語』と「小説」は一体どのような点で異なるのでしょうか。今回は「近代小説」の成り立ちと、その普及の背景についてアニメーションでわかりやすく解説します。
MOVIE
ABOUT STUDY
-テキストバージョン-
01
02
03
「物語文学」はその名の通り、「ものを語る」ことをします。近代小説も出来事を「語る」のですが、「語る」だけでなく「描写」することにも力を入れます。
近代小説の書き手たちが、とくに関心を持っていたのは「心理描写」でした。登場人物の内面を克明に描写する・・・近代小説が「新しくて変わって」いたのは、物語を「語る」だけでなく、登場人物の内面に分け入って、今どんなことを考えているか、どんな気持ちなのかを読者に詳しく説明したからなのです。
そのような近代小説の代表作の一つに、サミュエル・リチャードソンというイギリスの小説家が1740年に書いた『パミラ、または報われた美徳』というものがあります。パミラというのは主人公の15歳の女性の名前。
彼女は貴族の屋敷で召使として働くうちに、屋敷の若主人B氏に目をつけられて何度も誘惑されます。しかしパミラは、身分の低い自分はただ愛人にされるだけだとわかっているので、そのたびに拒絶します。貞操を守る彼女の決意が固いことを知り、また自分がパミラを真剣に愛していることがわかったB氏は、彼女と結婚することにします。その後もパミラの結婚生活を脅かす事件はいくつか起こるのですが、彼女は黙って耐えます。身分違いだと馬鹿にしていたB氏の周囲の貴族たちも、パミラのことを誉めそやすようになります。
04
05
手紙や日記ですから、パミラはその日に起きた出来事をただたんたんと語るのではなく、そのとき自分がどう思ったか、どう感じたかを赤裸々に書き留めます。手紙のことを書簡ともいうので、『パミラ』は書簡体小説と分類されるのですが、18世紀半ばにかけてこのような書簡体小説は数多く書かれました。
ドイツではゲーテが1774年に『若きウェルテルの悩み』を書き、フランスではラクロが1782年に『危険な関係』を書いています。
書簡体小説では、読者は主人公の内面をまるで覗き見するようにはっきりと見てとることができます。みなさんは、家族の日記を盗み見したり、友人の書いたブログの記事を読んで、自分に向けて直接は言わないような気持ちが書かれていて、ドキドキしたりしたことはありませんか。私たちは周囲の人物が何を考えているのか、どんな気持ちでいるのかと、始終考えながら生きています。
06
近代小説が「新しくて変わって」いたのは、ただ起きた出来事を語るだけでなく、なかなか知ることのできない他人の内面を覗き見する興奮を読者が味わえたからなのです。
18世紀以前の物語文学でも、登場人物の内面の心理は描かれていました。しかし大抵は、心理描写は「語り」に組み込まれ、軽く説明されておしまいでした。それは一つには、物語文学は必ずしも「読む」ものではなかったからです。
昔は読み書きできる人は限られていました。貴族や僧侶などの身分の高い家に生まれなくても、万人が等しく教育を受ける権利があるという考えは、17世紀から18世紀にかけての一連の市民革命を経てようやく広まりかかっていたところでした。
したがって、物語は読み書きのできる人が読み聞かせるもの、あるいは「語り物」と呼ばれる演芸として、誰かが演じてみせるものでした。「演じられる」ものとしての物語文学は、内面の心理を克明に描かなくても、演じ手が熱演すれば伝わります。わざわざ詳しく「書き込む」必要はありません。
07
近代小説の普及には、社会全体の識字率の上昇と、それに伴う黙読の習慣の定着が大きな役割を果たしました。本を一人で黙って読むには、それまでの物語文学にはない様々な「仕掛け」を必要とします。その仕掛けの一つが、この「描写」を詳しく、克明に、「リアルに」行うことでした。
逆に言うと、一人でこっそり読むからこそ、他人の生々しい内面をまるで覗き見るような楽しみが味わえたのです。誰かが読み聞かせてくれるのを聞いたり、あるいは語り手がみんなの前で熱演するのを聞いたりするには、気恥ずかしいような内容。小説の心理描写はそんな「禁断の果実」とでもいうべき楽しみを読者に提供しました。従来の物語文学にはない、そのような魅力を持っていたからこそ、18世紀半ばに誕生した小説は、ごく短い期間に多くの人々から支持を得るようになったのです。
08
YouTubeやTikTokを見ていると、時間があっという間に経ってしまいます。そうしたネットコンテンツと違い、小説はたいてい長いし、読み通すのに時間がかかって面倒くさい、そう感じている人は多いでしょう。その一方で、読書はネットやアニメを見るよりずっと知的な営みであり、「高級」なのだ、となんとなく思っている人もいるかもしれません。
しかし「近代小説」(modern novel)が誕生した18世紀から19世紀にかけて、つまり小説が現在のYouTubeやTikTok同様、最新のメディアだった時期、小説は夢中になって読むもの、面白くて時間が経つのを忘れてしまうものでした。
その一方で、小説を読むことは今ほど「高級」なことではなかったし、ときには「下品」な趣味だと思われたりもしました。なぜ当時、小説はそれほどまでに人々が熱中し、一部の人々からは俗っぽいと軽蔑されたのでしょうか。この講義では、「書簡体小説」と「覗き見」という二つのキーワードを使ってその理由を説明します。
RELATED CONTENTS
成蹊大学文学部にはご紹介した学びの他にもさまざまなテーマに取り組む少人数のゼミがあり、教員と学生が近い距離の中で日々の学びに取り組んでいます。