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外来語の発音はどうやって決まるの?
平山 真奈美【英語英米文学科】

皆さんは、英語圏の国で「バニラ」と言って通じなかった経験はありませんか。同じカタカナ英語でも「カナダ」はおそらく通じます。なぜ「バニラ」と「カナダ」で通じかたが異なるかというと、どこにアクセントが置かれるかが英語とカタカナ英語で異なっていることが大きいと思われます。

英語ではvanilla /vələ/は//にアクセントがありますね。英語では、アクセントがある音節は強く、高く、長く発音されます。つまり、vanillaは//が他より強く、高く、長く発音されます。でも、カタカナ英語(ここでは日本語の外来語の発音と考えます)で「ニラ」というと、「」にアクセントがあり、そこが高く発音されます。つまり、どこが高く発音されるかという点で英語との間にミスマッチがあるので、英語話者はvanillaと聞き取れないのでしょう。

それに比べて、英語のCanadaは、/nədə/で//にアクセントがありますが、カタカナ英語の「ナダ」でも最初の音節の「」にアクセントがありますから、ミスマッチがなく、英語話者も/kæ/にアクセントがあるように聞き取るのでしょう。

実際、「バニラ」を「バ」ではなくて「ニ」を高くして「バラ」と発音したら、英語ネイティブに通じる率が上がったという実験結果が、私のゼミ生の卒論研究にあります(佐々木2020)。

英語ではアクセントの位置がvanillaとCanadaで異なるのに、日本語では「ニラ」も「ナダ」もどちらも最初の音節にアクセントが来ていますが、なぜアクセントの位置が外来語では元の言語と違うことがあるのでしょう。

これは、外来語としては実はよくあることです。外来語は、言語学では借用語とよく呼ばれますが、借用する側の言語(vanilla、Canadaであれば日本語)は、元のドナー言語(vanilla、Canadaであれば英語)の音形になるべく近いように借用しようとします。しかし、あくまで借用側の言語(日本語)で使えるために借用するので、その言語の音ルールに従って借用することが多いのです。例えば、英語の母音は日本語の倍以上ありますが、英語の母音は、日本語に借用された時、日本語の5母音「あ、い、う、え、お」に収斂されます。だって日本語ですから。CanadaのCaの母音/æ/とnaの母音/ə/は全然違うのですが、日本語だと「カ」と「ナ」となり、どちらの母音も「あ」ですね。

ただ、「なるべく近い」母音で借用するという時、何をもって「近い」ということなのでしょうか。なんとなく響きが近い、では科学的な説明とは言えませんね。これを説明しようとするのが、音声学・音韻論です。母音の話は、紙面の制限上これ以上しませんが、調べてみるととっても面白いですよ。

ニラ」と「ナダ」に戻りますが、これらの借用語で最初の音節「バ」と「カ」にアクセントが置かれるのは、英語のアクセントを無視して日本語側でルールにあてはめたから、という仮説を立てられます。下の借用語データを見てください。赤字部分がアクセントのある位置ですね。その音節は高くてその後で下がります。

ニラ
ナダ
エリベス
クリマス
マクドルド
ロサンルス

借用元の英語ではこれらの語のアクセント位置は以下で、日本語の借用語とは同じこともありますが、違うこともありますね。違うことがあるということは、英語のアクセント位置を無視している可能性があります。

vanilla
Canada
Elizabeth
Christmas
McDonald's
Los Angeles

日本語のデータを見て、アクセントの置き方のルールがわかりますか。後ろから数えてみください。いつも後ろから3つ目の音節にアクセントがありますね(McCawley 1968)。日本語ではこのルールで借用しているわけです。日本語の音の文法(=音韻論)の一部が見えてきます。

ただ、もっと借用語をたくさん考えてみると反例(上のルール通りでないもの)が浮かんで来ると思います。なぜルール通りではないのでしょうか。それを考えてみるのも言語学です。

では、次に日本語から英語への借用語を見てみましょう。例えば、日本語の「寿司」は「し」にアクセントがありますね(「寿司が」と発音してみてください。「し」が高くて「が」が低いですね。第2音節の「し」にアクセントがあります)。これは英語ではsushi /suʃi/と借用され、第1音節にアクセントが置かれています。英語を日本語に借用する時と同じように、日本語から借用した英語のsushiは、日本語のアクセント位置をキープしていません。日本語から英語への借用語の例を他にもいくつかあげましょう。

futon
bonsai
tsunami
kimono
Toyota
karaoke (第2アクセントは第1音節のka)

日本語の時と同じように後ろから数えるとルールが見えてきますね。後ろから何番目の音節にアクセントが置かれていますか。

ある研究(Fournier and Vanhoutte 2013)では、日本語から英語への借用語を多く調査した結果、元の日本語のアクセントと同じ音節にアクセントが置かれている語も多く見つかっています。例えば、hiraganaやgagakuは、日本語では「が」にアクセントがありますが、英語でもそうなっていました。さらに、hiraganaは上のルール通りですが、gagakuは後ろから3音節目にアクセントが置かれていますから、ルール通りではありません。しかし、割合でみてみると、3音節語より長い語では特に、元の日本語のアクセントを無視したアクセント位置であることが(71%)が元と同じアクセント位置であること(22%)より高いという結果です。さらに、日本語には無アクセント語といって、高くなったピッチが下がることのない語がたくさんありますが、英語に借用されると必ずアクセントが付与されます。英語では、語単独で考えた場合、アクセントがない語はありませんので、その英語の文法に従って借用されています。つまり、全体的にみると、英語でも日本語からの借用語では、日本語のアクセント位置は概ね無視して、規則的にアクセントを置いているようです。

このように、借用語のアクセントは、少なくとも上のデータでは、元の言語は無視して受け入れ側の言語で規則的に決定されることが多そうです。

では、そこで使われている「規則」とは一体なんなのでしょうか。受け入れ側に同じ音韻規則が見られれば、受け入れ側の音韻に合わせている、と言えるでしょう。そうでなければ、何か人間の言語としての特徴があって、それにかなうようなルールになっている可能性もあるかもしれません(Kang 2010, 2015など)。

まだまだわかっていないことがたくさんあります。高校までとは違って、大学では教科書には載っていないことを、なぜだろう、と考えます。データをもっと集めて分析してみると、もっともっと面白いことが見えてきます。

参考文献
Fournier, Pierre and Sophie Vanhoutte. 2013. Stress in Japanese loanwords in English: Faithfulness or adaptation? International Conference on Phonetics and Phonology 2013, NINJAL, January 25-27.
Kang, Yoonjung. 2010. Tutorial overview: Suprasegmental adaptation in loanwords. Lingua 130: 2295-2310.
Kang, Yoonjung. 2015. Loanword phonology. In Marc van Oostendorp, Colin J. Ewen, Elizabeth Hume and Keren Rice (eds.) The Blackwell Companion to Phonology, pp. 2258-2282.
McCawley, James D. 1968. The Phonological Component of a Grammar of Japanese. Mouton.
佐々木大征. 2020. 『日本語話者の英語-日本人英語のアクセント位置に注目して-』成蹊大学卒業論文.