SPECIAL INTERVIEWvol.93

Special Interview 蹊を成す人
フリーアナウンサー 高島 彩氏

フリーアナウンサー高島 彩


成蹊は、私にとって親のようなもの。


今回お話を伺ったのは、小学校から大学まで成蹊学園で過ごされ、母となった今も多方面でご活躍されている高島 彩さん。懐かしい成蹊小学校を訪れ、恩師との思い出やご自身の子育てについて笑顔を絶やさず語ってくださいました。

プロフィール:
1979年生まれ。成蹊小学校、中学・高等学校を経て、成蹊大学法学部政治学科卒業。2001年にフジテレビにアナウンサーとして入社。『めざましテレビ』『平成教育委員会』などの司会を担当。「好きな女性アナウンサーランキング」(オリコン)で第1回から5回連続で1位に輝き、殿堂入りを果たす。2010年末、フジテレビを退社、フリーアナウンサーとなる。番組司会、CM出演など幅広い分野で活躍中。2014年2月に第一子を出産。著書に『彩日記-Birth-』『高島彩のおうちごはん』などがある。2015年『第8回ベストマザー賞』文化部門を受賞。

先生と汗だくで遊んだ。そこにたくさんの学びがあった。

恩師の教えがあったから、今の私がある。

成蹊小学校にいらっしゃったのは8年ぶりだそうですね。久しぶりに訪れてどんなお気持ちでしょう。

新しくほんとに素晴らしい校舎になって。この校舎で学びたかったなあと思いました(笑)。先ほど正門から校舎までの桜並木を久しぶりに通り、この道を何度歩いたことだろうと感慨深いものがこみ上げてきました。友達と花びらを拾い集めてはパーっと舞い散らせ、そうして遊びながら何十分もかけて登校したこと。毛虫が出る季節には、皆でキャーキャー騒ぎながら通ったこと。ポプラグラウンドの方から風に運ばれてくる金木犀の香り...。様々なシーンが甦ってきて、懐かしさで胸がいっぱいです。

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ご入学された日のことは覚えていらっしゃいますか。

実は入学式を迎える数ヶ月前に父が他界しまして、小学校に上がった姿を見せてあげられなかったんです。正門の所で撮った記念写真は、祖母と母と私の3人。この一枚を見るたびに、また今日、桜の季節に正門を見ても、懐かしさと同時にちょっと寂しい気持ちも湧いてきます。けれども、私の兄も成蹊で、私が1年生の時に6年生でした。兄の友人達も一緒になって学校まで連れて行ってくれ、当時は寂しく通うなんてことはありませんでした。

小学生の頃はどのような児童だったんですか。

男子と取っ組み合いをするようなやんちゃな子でしたね(笑)。
成蹊小学校は女子がとても元気なんて言われているようですが、私の頃もそうでした。男子と女子が自然に関わり合いながら成長していけるところも成蹊の良さだと思います。教科で言うと、体育や音楽、家庭科が大好きな児童でした。それでも6年生の最後には奇跡的にオールAをとったんですよ(笑)。

それはすごい。勉強もがんばっていらしたんですね。

いえいえ、6年間で一度だけですから(笑)。小学校時代の授業を思い出してみると、勉強をやらされた、という感覚がまったくないんです。3年生から6年生まで担任してくださった石根要二先生は、コマ回しやメンコ、ベーゴマなど、昔の遊びをたくさん教えてくださいました。児童と一緒になって体を動かし、汗だくになりながら、いつも私たちを楽しませてくれるんです。以前、思想家の吉本隆明さんが書かれた『家族のゆくえ』という本を読みました。その中に「勉強も遊び。教えないように教えるのがいちばん」というようなことが書かれてあって。ああ、私の小学校時代ってこれだったんだ、と改めて気づかされました。勉強、勉強、ではなく、楽しんでいるうちに何かを学んでいく。先生方は疑うことなく信頼できる存在で、先生というよりも同じ目線に立った先輩のような感覚。職員室にも気軽に入っていける雰囲気でした。もちろん、悪いことをした児童にはとても厳しかったですが(笑)。

人と争うのではなく、自分を鍛える。
成蹊の教えに感謝しています。

人と争うのではなく、自分を鍛える。成蹊の教えに感謝しています。

お仕事や生活の中で、成蹊学園で過ごされたことが糧となっていることはございますか。

成蹊の名前の由来である「桃李不言下自成蹊」。何か結果を出したい時に、人と戦って勝ち取るのではなく、自らが努力し、自らを高めていけば、いずれ自然と結果がついてくる、あるいは人がついてくる。これこそが成蹊の教えと思うのですが、こうした姿勢が、ずっと自分の考え方や行動の柱になっていると思います。社会に出ると、ひとつしかないポジションをめぐり競争になることもあります。フジテレビでアナウンサーをしていた時もそうしたことがありました。そんな時にも、自分を鍛えるよい機会だと捉え、例え結果が出なくても自分の努力が足りないからだと考える。誰かとの勝ち負けではないから、心が楽ですよね。成蹊出身の方とお会いすると、言葉をそんなに交わさなくても、ああ、成蹊の方だなと分かります。「人から奪わぬ空気感」といいますか、穏やかな印象。でも、心に信じるものをしっかり持っていて、物事を成し遂げていく力が伝わってくるんです。社会に出てからの方が、成蹊教育の良さを感じることが増えましたね。

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教育のあり方以外では、成蹊のどんな所が好きですか。

豊かな自然環境です。私は東京生まれの東京育ちですが、自然が教えてくれることってたくさんあると思うんです。
土や緑や風を、四季を、肌で感じる中で学ぶことができたのは幸せでした。
野菜を育てたことや落ち葉を集めて行うやきいも大会など、たくさんの思い出が自然と共にあります。小学校から大学までワンキャンパスの一貫校で、濃密な友人関係を築けるところも成蹊の魅力だと思います。今は子育てが忙しくなかなか会う時間が取れないのですが、成蹊時代の友人たちとは今でも誕生日会をやったり温泉旅行に行ったりしています。
また、マンモス校と比べて生徒数が少ないためか、それだけ同窓生同士の絆が深いと思います。一緒に学んだ方でなくても、成蹊出身と聞いただけで、強い握手を交わしたようなつながりを感じますね。

卒業生として、伝統に恥じない仕事を。

高島さんにとって成蹊学園とは何でしょう。

親のようなものだと思います。成蹊学園に通っていたことで、母だけに育てられたという感じがしないんです。先生、友人、先輩たちのおかげで充実した日々を送れたし、何かあった時にも守ってくれる場所、という安心感がありました。「人を育てる」という理念に基づいた教育が、私にとって父親の役割をしてくれていたのかもしれません。

今はご自身が親になられました。
子育てについてお話をお伺いしてよろしいですか。

最初の頃は、子育てに失敗は許されないと、何でも理想通りにやろうとして苦しくなっていたこともありました。でも、こうあるべきと決め過ぎず、自然体でいることが大切だと気づき、それからは楽になりましたね。初めて寝返りをうった時、「ママ」と声をあげた時、私の後を歩いてついてくる時...。その一瞬一瞬が本当に愛おしく、たくさんの喜びがあります。成長していく力には生き物の神秘すら感じますし、この子もやがて小学校にあがり、皆と遊び、時には悔し涙を流すこともあるのかなと想像するだけで、なんだか温かい豊かな気持ちになりますね。

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成蹊小学校は今年、創立100年を迎えました。最後になりますが、後輩たちに何かメッセージをいただけますか。

大いに遊んでください(笑)。先ほども申し上げましたが、学ぶことが遊びで、遊ぶことが学びだと思います。成蹊小学校には素晴らしい環境があり、素晴らしい先生方がいらっしゃいます。何も心配せず、いっぱい遊ぶのがいいと思いますよ。

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