この度、拙著『教科書とあるく 東京都の史跡と文化財』を上梓させてもらい、3月23日(月)より店頭販売をしています。帯には、紀伊國屋書店会長で前成蹊会会長の高井昌史様に、推薦文を書いて頂きました。とても光栄なことです。
私は、従来から『日本史用語集』や『詳説 日本史図録』などの学習参考書を出版していました。成蹊に赴任してからも『歴史総合、日本史探究トレーニング問題集』『スマホでまるっと攻略歴史総合』『資料ヨミトリ日本史問題集』などを出版し、生徒へ還元するため、7月の補充授業の際に、高校3年生対象の「日本史探究」や「歴史総合」の講習をさせて貰っています。
今回は、学習参考書ではなく、自分自身のライフワークである歴史散歩本を手がけました。以前には、『東京都の歴史散歩』や『東京下町散歩』『東京山手散歩』『東京多摩散歩』『東京グローバル散歩』を出版しておりますが、教育との結びつきが薄いものでした。そこで、今回出版した『教科書とあるく』は、教科書に載る史跡や文化財も自分の身の回りの地域で同様のものを見ることができることを知って貰いたい思いから執筆しました。
この本では、私が探究学習の際に重要視している「何故?」を大切にして構成しています。それは、歴史は暗記するものではなく、身近な疑問から紐解くものだという思いがあるからです。例えば、武蔵国の国分寺は、JR西国分寺駅から南に10分ほど歩いた所にあり、今でも七重塔まであった壮大な国分寺跡や隣接する国分尼寺跡を見ることができます。
では、「何故?当時の遺構が残っていないのでしょうか」。実は、ある武将によって焼打ちされてしまったため、現存していないのです。そのある武将とは、鎌倉末期の武将新田義貞のことで、京王線分倍河原駅前には騎馬像が建っています。新田は、鎌倉幕府を滅ぼすため、上野国から南下し、東村山のトトロの森にある将軍塚に陣を張りました。そして、分倍河原の戦いで勝利して、幕府滅亡に向けて鎌倉に向かいます。その際、途中にあった国分寺を焼き払ったため、国分寺の遺構が残っていないのです。
しかし、現在でも往時を偲ぶものもあります。それが、戦火の際に持ち出され、焼失を逃れた薬師堂の薬師如来像で、年に1回だけ拝観することができます(10月10日)。国分寺の金堂跡や七重塔跡、薬師堂の薬師如来像、国分尼寺跡、分倍河原駅近くの新田義貞像や分倍河原古戦場碑、東村山駅近くの将軍塚や元弘の板碑などの史跡を巡ることにより、教科書に載る奈良時代の国分寺や新田義貞の鎌倉攻めといった歴史の事柄が身近に感じられると嬉しいです。図書館にも寄贈しましたので、一度手に取って見て貰えると有難いです。