本校は、オーストラリアのニューサウスウェールズ州にあるカウラ市の学校と交換留学を始めて、今年で56年目を迎えます。日豪間での交換留学は、今では多くの学校が行われていますが、本校の交流事業は、その中でも最も古い交流として、オーストラリアのマスメディアでも紹介されました。
その交流の契機となったのがカウラブレイクアウト(カウラ事件)です。これは、1944年にカウラの捕虜収容所で起こった日本軍捕虜の脱走事件で、200名以上の死者を出す大惨事となりました。1970年に来日したカウラのオリバー市長と当時の栗原美能留成蹊高校校長により、この事件を風化させるのではなく、このことを乗り越えて日豪間の親善に尽くす目的ではじめられたのがこの交流事業です。私は、4回目のカウラ訪問ですが、長期留学1名、短期留学16名の生徒と共に、今回初めて式典に参加してきました。
私は、8月2日(日)に羽田を出発し、シドニーで乗り換え、3日の夜には生徒達と合流することができました。そして、4日からは、昨年から交換留学を実施しているセントラファエル・カソリックスクールにおいて、生徒達と一緒に活動をしました。
4日は、1年間の長期留学生として本校から派遣している内川さんと会え、元気そうに生活を送っている姿を見て、とても安心しました。そして、歓迎レセプションが行われ、私がスピーチをした後には、セントラファエルの生徒達がアボリジニのダンスを、成蹊の生徒達がソーラン節を披露しあいました。その後は、本校の生徒達が学んでいる教室を巡りました。特に、日本語の授業では、レセプションで生徒達が踊ったソーラン節をセントラファエルの生徒達と一緒に踊るなど、和気あいあいとした触れ合いができていて、とても感動しました。夜には多くのホストファミリーが集まり、本校の生徒のためにパーティーを開いてくれました。生徒達に愛情を持って接してくれるカウラの人達の熱い気持ちに対し、学校としても応えられるようこの事業を続けていきたいと強く感じました。
5日は、いよいよ式典です。式典は、カウラ事件が起こった日と同じ8月5日に、事件で犠牲になった人達の墓地で挙行されます。成蹊からの留学生も全員参加し、そこではセントラファエルの代表生徒だけでなく、2年前まで交流していたカウラ高校の生徒達とも会うことができました。ここでは、本校の代表生徒がリースを手向け、その後に催されたジャパニーズガーデンでのティーセレモニーでは、私から挨拶をさせて貰いました。午後には、オーストラリアで多く飼育されている羊の牧場見学に行ったところ、牧場の広さに圧倒されました。
6日は、学校で休憩時間を含め、オーストラリアでの学校生活を満喫する中、遂に短期留学生にとってセントラファエルで過ごす最後の日である7日となりました。午前中、ジャパニーズガーデンの綺麗なお庭を堪能した後、午後は日本の良さや素晴らしさを伝える生徒達のプレゼンです。お祭り、文房具、抹茶などの紹介から、幅広い種類があるグミなどを例として日本を紹介したプレゼンには、オーストラリアの生徒達も身近に感じてくれたと確信しました。そして最終日の放課後には、バディの生徒と別れを惜しむ成蹊生の姿がとても印象的でした。夜にはラム肉を頬張り、最終日にはシドニーを満喫する生徒達の顔は達成感で満ち溢れていました。
カウラの人達の温かさに触れ、またカウラの街や人達が好きになりました。有難うございました!!