研究

法学部西山隆行

アメリカのナショナル・アイデンティティの変容

契約国家としてのアメリカ

建国期より多くの移民を受け入れ、民族性に基づいて国家の成り立ちを説明することのできないアメリカは、独立宣言や合衆国憲法に規定された統治機構への信頼性と、自由、平等、個人主義、民主主義、法の支配などの基本的価値観(アメリカ的信条)を基礎として組織された契約国家だと考えられてきました。ですが、社会的分断が深刻化する今日のアメリカでは、アメリカ的信条に対する信念が揺らぐとともに、統治機構に対する信頼性も低下した結果、国家の根本を定めた社会契約の基礎が掘り崩されつつあります。

アメリカ的信条に対する疑念

近年のアメリカでは、アメリカ的信条に対する疑念が示されるとともに、それを体現するとされる人々の価値を否定する試みがなされています。ニューヨークタイムズが始めた「1619プロジェクト」はその代表例です。アメリカの真の建国はアメリカ大陸に初めて奴隷が連れてこられた1619年に始まり、全てのアメリカ史は奴隷制をめぐって展開してきたとされています(1776年の独立すら奴隷制を守るための反乱に過ぎないと位置付けています)。この見方はブラック・ライヴズ・マター運動に象徴されるアイデンティティ政治と共振し、独立宣言を執筆したトマス・ジェファソンや民主政治の基礎を築いたアンドリュー・ジャクソンの銅像を倒したりする動きにつながっています。人種差別を特徴とするアメリカでは、自由や平等、法の支配等も白人の特権にすぎないと評価されているのです。そのような見方に反発を示す人々が、時に人種差別主義的発言を行うトランプらの下に集い、白人ナショナリズム的行動をしているといえるでしょう。

社会的分断を乗り越えることはできるか?

主制を否定する共和国として発足したアメリカは、権力分立を中心とする政治体制に強い誇りを持ってきました。ですが、統治機構についての信頼度も著しく低下しており、例えば連邦議会に対する信頼度は2020年9月には17%になっています(ギャラップ社調査)。
近年のアメリカでは、コンセンサスがあると考えられてきた理念や制度に対する不信が強まっています。アメリカ社会の根本となってきた社会契約が揺らぎ、社会の共通利益についてのコンセンサスが失われた現状を踏まえて、本研究は、社会的分断を乗り越える試みがどのようになされていくのか、今後のアメリカのナショナル・アイデンティティはどのようなものになるのかについて探求していきます。

Profile

法学部

西山隆行

専門分野
比較政治、アメリカ政治
担当授業
アメリカ政治外交論 他

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