研究

法学部李林静

消滅の危機に瀕するヘジェン語のドキュメンテーション及び文法記述研究

消滅の危機に瀕するヘジェン語

 私の研究対象であるヘジェン語は中国黒龍江省に居住するヘジェン族によって話されるツングース諸語(ロシア西シベリアから中国東北部にかけて分布しています。中国領内4言語(満州語など)、ロシア領内8言語(ナーナイ語、ウデヘ語など))に属する言語です。私が研究を始めた20年前には20人ほど流暢な話者がいましたが、現在では2、3人しかいないという極めて危機的な状況にあります。
 現在世界に存在する6~7,000の言語の大半は、次世代・次々世代への母語の継承が困難な、消滅の危機に瀕した言語(危機言語)であるといわれています。生物多様性の危機の問題と同じく、これらの言語の消滅は言語の普遍性の研究および人類史研究への大きな障害となるばかりでなく、多くの地域において民族アイデンティティの喪失という問題として、社会学・心理学的にも大きな課題となっており、言語学においては20年以上にわたり、UNESCOをはじめ世界的な取り組みがなされてきております。

<アムール川・網をほどく漁民。モーターボートの中で寝泊まりすることもできる。>

ヘジェン語の課題

ヘジェン語も危機言語のうちの一つで、緊急課題として記述が急がれる言語ですが、他の多くの危機言語と同様無文字言語であるために、これまでの言語資料の蓄積が乏しく、文法研究を行うためには、まず現地へ行って、生な音声・映像資料を収集し、聞き起こすことから始めなければなりません。もちろん、このような消滅寸前の言語に関しては、言語の包括的記録(ドキュメンテーション)を行うのは最優先すべき作業ですが、文法の仕組みの解明も同時に進めないと、正確に当該言語を記録することができません。したがって、私のヘジェン語に関する研究は、大きくテキスト(言語資料)の分析と文法の記述との2つの部分に分かれます。どちらもこの言語の全体像を把握するためには不可欠な作業です。

<ヘジェン語話者。もっとも流暢にヘジェン語を話せる二人。何淑珍氏(84歳、左)、尤文蘭氏(75歳、右)。>

 私は、2001年を皮切りに、ほぼ毎年(2016年、2020年を除く)中国黒龍江省同江市及び街津口郷にて、ヘジェン語のフィールド調査を行い、その文法記述とドキュメンテーションを行ってきました。文法記述研究では①動詞の屈折接辞の形式と機能、②副動詞+存在動詞(日本語の「~ている」)の形式に焦点を絞り研究を行ってきました。ドキュメンテーション研究では、10年前より、二人の話者による日常会話を重点に置き、音声・映像資料を収集、分析、刊行してきました。これらの活動は下図で示すことができます。

現在ヘジェン語が使用される場面

 現在ヘジェン語が使用されるのは、主に次のような場面に限られます。古老たちが内緒話をする際、研究者やメディアの取材に応じる際、政府によって行われた英雄叙事詩イマカンの伝承活動の際、ヘジェン語の歌を歌う際、アンサンブルが観光客の前で前振りをする際などだ。一方、近年SNS上にコミュニティが作られ、250人ほどのヘジェン語学習愛好者のグループができるなど、若者による自発的な学習活動も見られています。しかしながら、後10年も経たないうちにネイティブによる会話を聞くことが不可能になるでしょう。次世代へ伝承される際の一助となれればと願い、可能な限り現地に通い続け、ヘジェン語の保存、分析、記述作業に励みたいと思います。

<街津山から見る黒龍江省同江市街津口郷。>

Profile

法学部

李林静

専門分野
記述言語学
担当授業
中国語基礎BⅠ/Ⅱ、中国語演習コミュニケーションⅠ~Ⅳ、文化演習(中国語圏)Ⅲ/Ⅳ

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