文学部細谷広美
文化人類学って何だろうと思われるかもしれません。端的にいいますと人間とは何かということを、実践的に研究する学問です。実践的というのは重要な方法論としてフィールドワークを実施するからです。異文化を調査研究するのは、単に異文化を知るということだけでなく、同時に自文化研究でもあります。なぜなら私たちは慣れ親しんだ「文化」というレンズを通して世界をみているからです。カルチャーショックは、自らのあたりまえがあたりまえでないことへの気づきでもあります。一方で、異文化は遠く離れた海外ばかりではなく、私たちの周囲にもあります。文化人類学には医療人類学、映像人類学、メディア人類学、ジェンダーなどの分野も存在します。
政治的暴力を記憶する「記憶、寛容、社会的包摂の場」博物館、証言のマルチメディア展示、ペルー・リマ
私自身は長年にわたってアンデスの先住民地域で調査研究をしてきています。インカ時代以前から現在まで続いている山岳信仰を明らかにし、『アンデスの宗教的世界』(1997)『大地と神々の共生』(1999)『他者の帝国』(2008)等を出版しています。
次に取り組んだのは、人権や正義をめぐる研究です。ペルー真実和解委員会の報告書(2003)が示したように、紛争下では先住民の大規模な虐殺が起こりました。社会に内在する経済格差、人種差別は平和構築のプロセスにも影響を及ぼしていました。このため、まず先住民の人々の経験(オーラル・ヒストリー)を聞くことをはじめました。一方で、ローカルなレベルと国際社会のグローバルな動きを複眼的にみる必要性を痛感しました。南アメリカは、移行期正義や新自由主義の展開において重要な役割を果たしてきています。幸いサバティカルをいただいたことで、ハーバード大学ロースクール「人権プログラム」の客員研究員として研究することができ、国際人権法や国際刑事裁判所(ICC)の専門家によるセミナー等も聴講しました。帰国後アジア太平洋研究センターで、国際社会で人権や正義をめぐるグローバルなスタンダードが形成されていくプロセスと、ローカルな現場の関係を明らかにする学際的共同研究を組織し『グローバル化する<正義>の人類学』(2019)を出版しています。
(左)給食を終えて食器を洗うアンデスの学校の子供たち、ペルー・アヤクチョ
(右)NGOが発掘した内戦で殺害された人々の秘密墓地で発見された人々の墓に花を手向ける家族、ペルー・アヤクチョ
アート、映像、ポピュラーカルチャーも私の重要な研究テーマです。『ペルーを知るための66章』(2012)『越境するモノ』(2014)『ラテンアメリカ文化事典』(2021)など、キューバの現代美術、ペルーの民衆芸術、音楽、映画に関する書籍を出版してきています。現在2023年に国立民族学博物館で開催されるラテンアメリカの民衆芸術をめぐる展覧会を準備中です。
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