理工学部里川重夫
人間活動に伴う温室効果ガスの排出が地球温暖化の原因とされ、地球全体でその排出量を削減しなければならない。日本は2050年に二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすることを行動目標としている。そのためには、石炭、石油、天然ガスなどの化石資源の利用を抑える必要があり、エネルギーや資源利用の方法に大きな変更が求められる。そのような社会に対応していくためには、太陽活動に由来するエネルギー(太陽光や風力)、地球内部に由来するエネルギー(地熱)、そして引力や重力に由来するエネルギー(潮汐力、水力)をフルに活用しなければならない。また、それらから得られる電力を貯蔵や輸送するためには、地表にある物質を利用して燃料に変換する必要がある。カーボンゼロ時代を生きていくためには、太陽光発電所(図1)で得られる電力からすべてを創っていく必要がある。
図1 山梨県米倉山太陽光発電所に設置されている太陽光発電パネル(約1MW相当)
太陽光発電で得られる電力は時間、季節、天候に左右される。そこで、得られた電力を利用して豊富に存在する水を電気分解すれば水素が発生して燃料として利用できる。しかし、水素はエネルギー密度が低く、貯蔵、輸送に適当な物質ではない。そこで、水素を二酸化炭素と化合させれば炭化水素やアルコールを製造することができる。また、窒素と化合させれば肥料に必要なアンモニアを製造することができる。これらは、燃料や肥料ばかりでなく、衣服、日用品、医薬品など様々な化学品の原料となる。このような技術を徹底的に研究開発して、経済的に成り立つような技術に成長させることが私の研究目標である。
専門分野は無機材料、触媒化学、化学プロセスである。研究内容はエネルギー効率や物質収支を考えながら、そこで利用する新規触媒の合成や反応開発を行っている。主要テーマとして、①中性領域で作動する水電解セルの開発、②二酸化炭素からの液体燃料合成触媒の開発、③低温作動型アンモニア合成触媒の開発がある。
膜型電解セルを用いた水電解反応は、変動電力を許容しながら90%程度の高い電解効率が期待できる。しかし、電解質は強酸性の高分子電解質膜しか利用できず電極触媒には酸化イリジウムという稀少な貴金属しか使えないことが課題である。これは電解セルの低価格化の妨げとなっている。そこで、まず電解質材料に着目し、プロトン移動を加速する無機粉体を開発し、中性で作動できる電解質膜を開発することを目標にしている。図2は開発中のセルを用いて、水中で水電解反応の原理検証をしている様子である。この技術が完成すれば、次は価格の安い電極触媒を開発することになる。成功すればこの分野の技術開発を大いに加速する突破口になる。
図2 ゼオライト粉末を電解質に用いた水電解セルによる水素及び酸素発生の様子
液体燃料合成触媒に関する研究は、二酸化炭素と水素からフィッシャー・トロプシュ(FT)合成反応を経由して効率よく炭化水素を製造することが目標である。この反応は高圧条件下の固体触媒表面で起こる非平衡現象であり、二酸化炭素を原料とした技術は基礎研究レベルである。図3は実験室で使用している触媒活性評価装置である。このような装置に触媒をセットして、特定の温度、圧力を与えて原料となる二酸化炭素と水素を反応させる。生成物は触媒物性や反応条件によりさまざまに変化する。それらを最適化することで、石油と同様の成分を二酸化炭素から効率よく合成したい。この方法は第二次世界大戦前のドイツで発明された方法を利用している。石炭から製造した一酸化炭素と水素の混合ガスから大量の人造石油を製造したとの記録がある。しかし、原料が二酸化炭素になると、また新しい技術が必要となる。現在、国のプロジェクトとして産学連携して実用化を目指した研究開発を行っている。
図3 実験室で試作した触媒の活性試験を行う全自動触媒評価装置の外観
空気から分離した窒素と水電解で得られる水素から触媒上でアンモニアを合成することができる。この反応は発熱反応であり、触媒の活性向上が平衡制約の上で大変効率的であり、反応温度の低温化はプロセス全体に大きなエネルギー効率の向上をもたらす。アンモニアは食糧生産に必要な肥料を製造する上で必要な物質である。現在、アンモニアは天然ガスから製造されており、二酸化炭素を排出している。自然エネルギー由来の水素を用いて合成する技術の開発が求められている。
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