文学部川村陶子
原体験は、中高時代に参加した国際音楽祭、そして学部時代の英国語学留学と米国ワシントンDC交換留学です。芸術やことばが国境をこえたつながりをつくることを実感し、文化交流にかかわる仕事を志しました。
私たちの世代は米ソ冷戦下で育ちましたが、米国留学中に国際情勢が激動しました。東欧の民主化、ベルリンの壁崩壊、反アパルトヘイト指導者マンデラ氏の解放などが続き、「人間らしい(=文化的な)生活の実現に向けて行動する〈ひと〉の力が世界を変える」という信念を抱きました。
国際機関や財団で働きたいと考えていたところ、進学先の大学院で文化や〈ひと〉の観点から国際関係を研究する人が少ないことに驚き、「それならば自分が」と研究を続けることにしました。日本と立ち位置をよく比較されるドイツを対象に、おもに西ドイツ時代以降における同国独自の分権的な文化交流政策の展開を、公文書を含む各種資料やインタビューをもとに分析しています(写真1)。
写真1:ベルリンの外交史料館(撮影:川村陶子)
大学院に在籍した1990年代、旧ユーゴやルワンダの内戦、アジア新興諸国と欧米諸国との摩擦、東アジアの歴史認識問題が起こりました。2000年代には9.11同時多発テロと「対テロ戦争」が勃発、欧米移民社会で統合が問題化していきます(写真2)。個人的にとりわけショックだったのは、「9.11」実行犯のひとりムハンマド・アタがドイツ留学中にアルカイダのテロリストへ「転向」したことでした。
今日の「世界の分断」や「文化戦争」とも一部通底するこれらの出来事が示すのは、文化が〈ひと〉をつなぐどころか、分裂や対立を特徴づけ、こじらせる枠になりうることでした。同時に、国際秩序や国家安全保障が個々の〈ひと〉のセキュリティに支えられていることも明らかになったといえます。
研究ではこうした現実を直視し、「われわれ」と「あいつら」という二項対立をのりこえる(あるいは逆に、そうした壁を強化してしまう)異文化間関係運営のありかたについても考えています。
写真2:2015年にボンで開催された「移民国ドイツ」展の様子(撮影:川村陶子)
21世紀の日本では、アニメ・マンガや食文化のような身近な文化要素が国境をこえて〈ひと〉を結ぶ現象が注目され、クールジャパン戦略なども策定されています(写真3)。他方で近年、マイノリティ文化の「盗用」、文化財の収奪や返還など、権力関係とからむ「文化の所有」の問題も世界的に注目を集めています。
グローバル化が進む今日、文化の生産・流通・享受には、さまざまな主体が国境をまたいで関与しています。文化を媒介としてよりよい国際関係を形づくるには、こうした生成発展プロセスの実態を理解し、文化の創造にかかわる〈ひと〉の自由な発想や活動を生かす方策を探ることが大切です。今後も広くアンテナを張り、多様な方々と交流しながら、国際文化関係の運営を研究していきたいです。
写真3:ベルリンの日本食レストラン(撮影:川村陶子)
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