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文学部 芸術文化行政コース「制作実習A・B」取材レポート②

2021年12月23日

PICK UP!


文学部 芸術文化行政コース
「制作実習A・B」
※2022年度入学生以降は「制作演習」


障害のある方々とのコミュニケーションを通じたアートプロジェクトの様子を映像作品として制作し、シンポジウムで発表することをゴールとしている今年度の「制作実習A・B」(2022年度入学生以降は「制作演習」)。前回に引き続き、講義の様子をお伝えします。前回の記事はこちら

アーティストとのコミュニケーション

今回の講義では、社会的包摂型アートに精通し、障害のある人々や地域住民、さらには大学生とともにアートプロジェクトを数多く共創しているアーティストの大西健太郎氏をゲスト講師として招へいしました。

担当教員である槇原客員講師は「大西氏は学生が普段なかなか接することができない『アーティスト』という存在。新たな価値観や視点を学生にもたらしてほしい」と語ります。大西氏は今回の講義だけではなく、この「制作実習A・B」のゴールである企画の実行まで長期的に関わる予定とのこと。学生とともにプロジェクトを作り上げ、サポートする存在として、大西氏は今回の講義で学生に何を伝えるのでしょうか。

大西健太郎 氏

●大西氏によるパフォーマンス

講義はお互いの自己紹介を経て、大西氏によるパフォーマンスに移りました。大西氏が黒板の前に座り、じっと辺りを見回します。会場となった武道場には大西氏の用意した静かなBGMが流れ、大西氏はおもむろにチョークを走らせます。黒板に全体像が描かれた頃、大西氏は立ち上がり、手を中心とした身体表現を始めました。これは「手レよむダンス」というパフォーマンスで、大西氏が手話をもとにした詩の朗読表現「サインポエム」に着想を得て創作した、主に手の表情や動きを用いた即興のパフォーマンス表現です。ただ、このパフォーマンスが手の動きを中心にしていることや黒板に描かれた描線を素材にしていることなど、創作の背景に関することは事前に学生に説明されておらず、多くの学生の目には目新しい身体表現に映ったようです。学生はこのパフォーマンスがどのような意味を持つのか考えながら、大西氏の動きをじっと見つめていました。

黒板に描かれているのは大西氏から見た光景。学生や木、雲が描かれている

このパフォーマンスについて、講義後のインタビューで大西氏は「『手から生まれるダンス』ということや即興の身体表現自体に今回初めて接した学生も多かったと思う。さらに、パフォーマンスの背景として『サインポエム』というものから着想を得ているということもあいまって、なおさら物珍しく映ったのではないか。未知のものに未知のまま出会う。このような経験を学生にしてほしかった。アーティストである私は、身体表現として身体を観衆に差し出すが、この場合の身体は学生が日常的に目にしている身体とは異なる。その違いに生身の状態のまま出会う経験をしてほしいという想いがあった」と振り返りました。

パフォーマンスの様子

●手を用いたコミュニケーション

今年度の「制作実習A・B」における企画過程には、実際に障害のある方々とコミュニケーションを取ることが予定されています。相手は音声言語を使用できるかもしれませんし、できないかもしれません。あるいは、「相手が自分の言葉を理解できていない」とこちらが一方的に判断しているだけで、実際はお互いが使用するコミュニケーションツールのずれが原因になっている可能性もあります。これを見据えて大西氏からは「手」という共通言語を使用したコミュニケーションが提案されました。

その後は「手」によるコミュニケーションの練習として、いくつかのワークを実践。言葉を発さず手だけで挨拶をしたり、手による会話を試みたり、学生は普段と違うコミュニケーションの形態に戸惑いながらも、試行錯誤をして意思疎通を図っていました。

ワークの様子①

ワークの様子②

このワークの狙いについて大西氏は「手による会話は、多くの学生にとっては慣れないものだと思う。ただ、『コミュニケーションを取れなかった』という経験も大切。コミュニケーションはどこからどのように始まるか分からない。障害のある人と接するにあたり、一方的に何かを提供するのではなく、相手と一緒にどぎまぎしたり、試行錯誤したりする姿勢を持ってもらえれば」と語りました。

●"障害"に関する経験談や考え方の共有

ワークを一通り終えた後は、車座になって"障害"のある人と関わった経験や"障害"に対する考え方を一人一人語るセッションが設けられました。自分の経験談を話す学生や今までの講義を受けて考えたことを話す学生など、様々な角度から見た"障害"に対する考え方が共有されました。これから一丸となって企画を実行していくにあたり、非常に有意義な時間となったようです。

大西氏は「"障害"をテーマに全員で語り合ったとき、学生がしっかりと自分の言葉で話しているのが印象的だった。悩みなら悩み、疑問なら疑問という曖昧な部分も手放さず持っていた。そのような自分の中の曖昧な部分や分からない部分に向き合い、手放さずにいるということは現場でも必要な力。ぜひこの力を大切にしてほしい」と語りました。

学生からは、

  • (手を使ったワークを行って)コミュニケーションを取ることそのものの難しさや面白さにも気づくことができ、身体表現に対するイメージが変わった
  • クラスのメンバーがどのように障害に触れてきたか共有するという時間は、自分の外にある「経験」を知ることができる非常に貴重な時間だった

という声がありました。

講義は辺りが暗くなる時間まで続いた

●自分の中にきらっと反射するもの

講義後、大西氏は障害のある人と接することについてこう語りました。
「障害のある人と接すると、自分の中にきらっと反射するもの、つまり相手と類似する特性を感じ取る瞬間がある。例えば、紙をずっとちぎる習慣のある障害特性を持つ人と接した時、『それ、楽しそうだな』と自分が感じていることに気づくこともある。このような瞬間を学生にも経験してほしい。それを自分事として受け入れるか、受け入れないかを考えることは、自分と社会との接し方について考えることにもつながる。自分の中で選択肢を作り、相手や社会との距離感を定めることで、自分を守り、他者と共存していくことができる」と語りました。

また、担当教員の槇原客員講師はこの講義を通して学生に次のことを考え、体験して欲しいと述べました。
「現在、公立文化施設を会場にした公演事業だけでなく、地域全体を舞台とする大小様々な芸術祭やアートプロジェクトを行政が主催することも増えている。そして、そこに参加するアーティストは、『パフォーマンスを地域と共創していく』ということが求められるようになってきた。アーティストは自分のパフォーマンスだけでなく、地域そして社会の抱える問題に肉薄しつつ表現を考えている。今後は、アートマネジャーだけでなく、行政職員も彼らアーティストをサポートする機会が多くなるかもしれない。その際に、アーティストに伴走しつつ、そのプロジェクト自体がもつ芸術としての意味や価値を考えることはもちろん、その表現が地域や社会とどう接しているのか、地域や社会にどのような影響を与え得るのか。プロジェクトの内容自体を構想するだけでなく、自分たちの行為が地域や社会に何をもたらすのかを考えることも求められる。主観的に自分たちのプロジェクトへ向き合いその芸術的価値を描き出しつつ、客観的にそして冷静にプロジェクトの社会的価値を模索する。その力は、芸術文化の現場や行政組織だけでなく、一般企業でも重視される。『制作実習A・B』そして『制作実習C・D』ではその練習をしてほしい」

濃密なインプットを経ながら進行する「制作実習A・B」。学生が考えた企画は来年度前期「制作実習C・D」内で発表される予定です。学生はどのような企画を実行し、何を考えるのでしょうか。その様子は来年度前期にお伝えします。お楽しみに。