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成蹊学園広報44号
January 2002
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成蹊学園 創立90周年について
 成蹊女学校は創立者中村春二先生が1917(大正6)年に目白の地に開校しました。
 中村先生は小学校を開校してその経験から、教育というものを徹底させるには、「母親の教育こそ最も重要である」と考えられました。成蹊女学校の設立の目的は、小学校の女生徒が進学するための単なる一貫教育の段階としてではなく、小学校以前の教育に重大な責任をになう母親の教育を目指したものでした。そのねらいは「花嫁学校」ではなくて、人間教育を基盤とする「愛すべき我が子の教育者としての母」の育成にありました。
 その特色として設立趣旨には次の6点が挙げられています。


 1、定員一学年十五名全校で60名(年限4年)
 2、心身の鍛練
 3、完全なる母としての指導
 4、堅実の思想と豊富な趣味の涵養
 5、教科の活用
 6、社会的知識の涵養


 上記の特色を具体的に説明しますと
●心身の鍛練 近郊へ遠足、作業、園芸等の訓練のほか、薙刀、弓術等の日本古来の武道が取り入れられていました。この試みはわが国において、女学校では最初の試みで、薙刀の指導では第一人者の園部秀雄女史があたっていたことは異彩を放っていました。また教師と生徒とが和気あいあいとして学校生活を楽しむために遊戯や、スポーツが盛んに行われました。校庭にはテニスコート、屋内運動場ではローラースケートを楽しむことができ、これらのスポーツの指導は中村先生が率先して行っていました。
●語学教育 教科課程では語学が重視されていました。新しい時代では、語学は重要であり、良妻として賢母として積極的に社会に生きるには、英字新聞、外国語雑誌を読破し、外国人との会話もこなせることが必要というのが趣旨でした。女学校開設にあたっては現津田塾大学創立者の津田梅子先生に語学教育について相談していました。
●節約節倹 中村先生はかねてより生活改善運動を唱え、無駄のない節約節倹の生活こそ生活の基盤であるとしていました。成蹊女学校においては開校当初より生活合理化の実験が試みられ、校内に生徒を起居させ、家事の実習として「最小生活」を体験させたり、また夏の学校としてテント生活を実施したりしました。
●修学旅行 学校は家庭と同様に楽しかるべき場所でなければならないとし、関西旅行、奥州旅行その他多くの旅行を実施しました。女学校において他の成蹊の各学校に比べ旅行が多かったのは、女子は結婚するとなかなか旅行に出られない実情を汲み、学生時代に思いっきり旅行を経験し、世間を見る目を養っておこうというのがねらいでした。また夏の学校として箱根や日光への旅行の際の植物採集には植物分類学の権威として世界的にその名をはせた、牧野富太郎先生があたったことも特長あることでした。
●新聞の読み方 女学校には特殊な科目として「新聞の読み方」という時間がありました。生徒たちに社会の出来事を正しく理解し、どのように身を処すべきかを指導しました。
●茶の湯 女子の精神教育または情操教育の一手段として茶の湯と謡曲を重視しました。中村先生は女学校内に茶室を設け、この茶室は「不言庵」と命名されました。茶の湯の指導には茶道に造詣の深く、後に二代目校長となる奥田正造先生を招き、不言庵主として茶の湯を教授しました。生徒たちはこの不言庵で茶の湯の根本精神を土台として、「最小生活」を経験しました。1920(大正9)年には奥田先生が「茶味」と題する名著を出版しました。「茶味」は、当世風の茶道を排し、昔の利休の心意気を学ぶべきとし、広く世に知られるにいたりました。


薙刀の練習
薙刀の練習
女学校校舎(目白)
女学校校舎(目白)

 中村先生は女学校の初代校長として1917(大正6)年から1923(大正12)年までの6年間女学校教育に心血を注ぎましたが、1924(大正13)年病を得て他界されました。
 1921(大正10)年成蹊女学校は成蹊高等女学校となり校長には奥田先生が就任されました。1924(大正13)年、成蹊学園は吉祥寺に移転しましたが、女学校は目白の地にとどまりました。
 1935(昭和10)年成蹊高等女学校は成蹊学園より分離独立し初代理事長には今村繁三先生が就任。1954(昭和29)年吉祥寺の成蹊学園に合併し、在校生は成蹊中学校、成蹊高等学校に編入し、その38年の歴史に幕を閉じました。 
 
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